恋愛 考え方

家事をする男性をつくるコツ!「やってあげたい」を我慢する

2018年2月6日

愛って、難しい。

だって与えれば与えるだけ、幸せになれるわけではないでしょう。

 

「愛」は出し惜しみしなければならない。

これって、幸せの基本だと思うんだけど、キレイ事ばかりの世の中では、誰も声を大にしては教えてくれない。

 

人を純真無垢に愛すれば、いつか伝わるだとか。

ありったけの愛を与え続ければ、同じだけの愛が帰ってくるだとか。

 

確かに綺麗なんだけど、ちょっと綺麗に伝えすぎている。

 

実はね、愛はまっすぐ伝えちゃいけないと思う。

何も考えずにある分だけをぶつけてしまうと、相手も自分も怪我をする。

 

悲しいことに、切ないことに、「愛」を与えるときは、ちゃんとコントロールしなければならないと思うの。

あなたがディズニーのヒロインなら、別なんだけどね。

 

よし、そのお話はまた今度、ゆっくり書き綴るとして。

今日はちょっと、こんな話を聞いてほしい。

 

目次

「家事が手伝えない男」を作ってしまうあなたへ

男尊女卑。兼ねてから言われてきた言葉だ。大昔、日本、いや世界は「圧倒的男社会」にあった。

男が外で働き、女は家を守る。男が衣食住を保証する代わりに、女は家事を代行する。

 

これはもう、まさしく永久就職であり、言うならば「雇い主」と「住み込み社員」だ。

立場は対等ではなく、亭主関白が許された。それは、上司と部下であるような、上下関係があったからだ。

 

しかし近年、そのような「たくましい雇い主」は激減した。

共働き社会。今や共働きは、夫婦全体の59パーセントを占め、半数を越えた。

これではかつての上下関係が成立しないではないか。

 

ともに外へ出て、「家族」という会社経営の経費を折半するという立場にありながら、

社内の雑用や管理、部下の教育(子育て)は、全て女に押し付けられる。それも、当たり前のように。

そもそも、「男も家事を手伝え」という言葉自体がおかしいのだ。

 

手伝うってなんだ。どうして女が主体なのよ。

 

それにはもう、今までの「雇い主と住み込み社員だから」という考えを適用することができない。

だって共働きだから。だって同棲中で、家賃は折半だから。

 

責任は平等にある。女にだけ押し付けられる、特別な理由が見当たらない。

この場に及んでもなお、家事という名の「仕事」を当たり前の顔で押し付けられる理由はただひとつ。

「女であるから」 それだけだ。

 

当たり前のことながら、これじゃあ女は黙っていない。

「昔の女は良いな」だなんて愚痴を零そうものなら、矢が降るように反論が飛んでくる。

「昔の女が律儀に家事をこなしたのは、昔の男が頼もしかったからでしょう」

「私は働いているの!家事分担は当たり前!」

男はたじたじと言葉を濁す。

 

こんな意見をやりあう時代を、「昔の男女」は想像したであろうか。

ああ、悲惨な現代。だけど私はこれを、男だけの責任だとは思わないのである。

よくよく聞いてほしい。「家事を手伝えない男」はだいたい、女が作り上げたできそこないである。

 

私たち女は、男を教育しなければならない。こう言うと批判を浴びそうだが、

男女関係は、女が後ろで糸を操るほうが、うまくいく。

 

だからこそ、聞いてほしい。

「家事が手伝える」男は、探すのではなく、作るのだ。

 

「やってあげたい」を我慢しろ

「男女差別」が心の根底にある男を除き、普通に生活をしているイマドキの男達は最初、すすんで家事を手伝う。

「僕に出来ることは無い?」

「せめて洗い物をさせてよ」

愛する女が自分のために家事をする姿は愛しいものだ。何か手助けできないかと、出番を待ち望みすらする。

 

しかし、ここで多くの女は、ミスを犯すのだ。

「良いよ。私がやるから」

愛するが故の行動。

 

「女が家事をするべき」という考えが染み付いているのは、むしろ女の方なのかもしれない。

 

多くの女は最初のこの段階で、男をこれでもかと甘やかす。

手伝ってくれようとするその姿勢があるという事実だけに満足し、尽くして好かれようとするのだ。

 

「この人のために、私がやってあげたい」

そう、やってあげたい病である。

 

この「やってあげたい」は大抵、相手の男のために湧く気持ちではない。

では、誰のためか。他の誰でもない、自分のためである。

 

「やってあげる」ことは、快感なのだ。

感謝され、感動され、好きな男を自分の手の内に収めたような錯覚すら起こす。

だから我慢ができない。ついつい全てに手を出し、こなしてしまう。

 

「やってあげる」をふんだんに撒き散らかす。

これこそが、「家事の手伝えない男」を創りだす、究極のレシピである。

 

さて、これが毎日続くと、どうなるか。男の方が早々に、勘違いをしはじめる。

「あぁ、やってくれるんだ」

そして女が家事をすることが、当たり前の風景になっていく。

 

この状態がずっと続くのなら、何も問題がない。

お互いが幸せで、喧嘩も起こらないかもしれない。

 

だがしかし、問題はここからなのである。

 

「やってあげる」には必ず飽きが来る

男のためにいそいそと家事をする女と、その光景が当たり前になっていく男。

時間がたって冷静さが顔を出すと、徐々にその状態に、飽き始めてくる。

飽きた女は、「やってあげる」精神を失っていく。

 

そしてその時期とほぼ同じ頃にはもう既に、やってもらうことが当たり前になった家事を手伝えない男が、完成しているわけである。

そしてそれに、気づく時が来る。

 

女は、ある日洗い物をしながら、背を向けてテレビを見ている男に目を向けるのだ。

そして気付く。いつの間にか、感謝もされなくなっていることに。

 

「やってあげる病」のやっかいなところはここで、その気持ちは決してボランティアではない。

やってあげることで、しっかりと「愛」だとか、「感謝」を求めているわけである。

 

だけど男はそれを理解していないし、女がニコニコと進んで家事をこなすもんだから、それらがやってあげることが目的のボランティアだと思っているわけである。

そんな状況だから勿論、いつの間にか女の心に蓄積された、灰色の怒りになんて、気づかない。

 

気づかない男に益々腹を立てた女は、ついに爆発する。

「どうして当たり前のように私ばかりが家事をさせられているの?」という疑問に押しつぶされた時には、もう遅い。

地獄の家事争いの幕開けである。

 

「もっと感謝しなさいよ!

私はずーっと、あなたのためにしてあげたのに!」

 

「愛があるから大丈夫」なんていうお花畑状態は、一緒にいれば消えていく。

家事を「する方」も新鮮さがなくなって面倒くさくなるし、最初は涙を流しそうな顔で感謝をしていた「される方」も、慣れに伴い、感謝するリアクションを見せるのが煩わしくなる。

 

「愛があるから大丈夫」という気持ちは、徐々に徐々に薄まっていく。

アイスティーの中に入れた細かい氷が溶けていくのと同じくらいのスピードで、愛が溶けて薄まった生ぬるい「共同生活」は、次第に美味しさをなくしていく。

では、氷が溶けた先に何が残るのか。残る感情は、「損得感情」だ。

 

「これだけしてあげたのに、返してくれない」

 

なんて醜く恐ろしく、不器用な言葉だろう。

その「してあげる」、タダでくれたんじゃなかったの?

 

「やってあげる」を我慢しろ

良いか、女諸君。最初の愛しさに負けてはいけない。

「やってあげる」というのは、恐ろしい言葉だ。

 

自ら勝手に手伝っているのにも関わらず、まるで頼まれて「give」しているかのように錯覚してくるのだから。

そんな感覚で与えている気になっているもんだから、不満が溜まりに溜まった頃、今までのぶんの「take」をよこせと、騒ぎたてたくなってしまう。

愛のツケ払い。男は借りた気もないのに、「愛」を借金していたわけである。

 

しかし、そうなった時にはもう遅い。してもらうことが当たり前になった男は、個人差はあれど幼児退行している。

幼児退行しているうえに、いきなり世話代をよこせと騒ぎ立てられたような気持ちになって、詐欺にでもあったような気分になり、こう返す。最も女を苛立たせ、関係に亀裂を入れるこの言葉。

 

そもそも自ら勝手にやったことだろう!俺は頼んでなんかいない!

 

一人暮らしに彼女が加わると、なにをしてもプラスだ。

今まですべて1人でこなしていた家事を彼女が手伝うわけであるから、なにをしても「やってくれた」になる。

だから最初は喜ぶし、お礼をいうし、心から感謝をする。

 

しかし、一度手伝いを当たり前だと言われるほどにやり続けたあと、「そこはあなたがやってよ」と、女が手放した家事は、マイナスにカウントされる。

今までやってくれていたボランティアが、突然対価を求め出した挙句、業務を放棄した。

 

大袈裟に言えば、そんなところだろうか。

反省するどころか、「やってくれなくなった」と不満を持たれる可能性すらあるから、恐ろしい。

 

ああ、なんて腹立たしい話なのであろう。もとはといえば、幸せに生活したいから、一緒にいようと決めたのに。

愛すれば愛するだけ、裏目に出てしまうだなんて、冗談じゃない。

じゃあ、どうしろというのだろう。

 

そもそも同棲や結婚なんて、不可能なのか?

男に家事を押し付ければ良いの?それとも、家事はできないと、そっぽを向けば良いの?

 

どれも違う。答えは簡単、男を教育するのだ。

 

「家事は一緒に」を染みつかせろ

最初の方から、「家事は一緒に」を、体にしみつかせる。

「料理をしてあげるね」ではなく

「料理をするから、じゃがいもの皮をむいてね」が正解だ。

そうして最初から教育された男は、料理は手伝うものという概念で育っていく。

 

最初から料理に参加することで、食事をするためには料理をしなくてはならないという当たり前の感情を、忘れずに育つわけである。

 

料理は女で、洗い物が男だという分担方法では、ずぼらな男に指示をするのが煩わしくなり、自分でこなしてしまいかねない。

そこは面倒でも全ての家事を分け合い、「洗い物を洗うから、食器を拭いて棚に戻してね」と、ひとつの仕事を分離させることが大切だ。

 

家事の全ての過程を分け合うことで、どちらかがサボれば生活が進まない状態に持っていく。

 

その概念で教育すれば、「テレビを見ながら料理を待ち、食べたら食べっぱなしで寝てしまう」なんていう男は出来上がらない。

恋愛は「教育」だ。良い男は、教育しなければ育たない。

 

「やってあげる」を我慢する。

愛しているからこそ、ともに過ごしやすい未来を構築するのだ。

 

yuzuka

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yuzuka

作家、コラムニスト。元精神科、美容整形外科の看護師で、風俗嬢の経験もある。実体験や、それで得た知識をもとに綴るtwitterやnoteが話題を呼び、多数メディアにコラムを寄稿したのち、peek a booを立ち上げる。ズボラで絵が下手。Twitterでは時々毒を吐き、ぷち炎上する。美人に弱い。

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