考え方

「死にたい」と思う人へ「死んでも良いよ」という言葉

2020年2月27日

この文章が、誰かの心を軽くすることを願い、ずっと綴りたかった気持ちを、言葉にしてみる。

もがけばもがくほど、現実が首根っこに食い込んでくる。見渡す限りに灰をかぶった現実は、どう見たって息を吹き返しそうにない。

 

途方に暮れるだとか、どうにかあがいてみるだとか、そういう一通りの「抵抗」は、もうとっくにやり終わった。

止まった灰色の世界の中を、カラフルな人たちが、ケラケラと笑いながら通り過ぎていくのが見える。

おい、どういうことだよ。

「そっち側」に行きたいんだけど。

 

気づけば私の体は「現実」とか、そういうどうしようもないものでがんじがらめになっていた。

 

困ったな、いつのまにか身動き出来ないぜ。

いつからこうなったんだ。私は自由を求めてここに来たはずだろう。

苦笑いする。

 

「死にたい」

その言葉が頭をよぎるようになって、随分時間がたった。言わないようにしていたし、考えないようにしていたけれど、それはなんとなく「非難されそう」だったからで、やっぱりどう考えたって私は、心の底から死にたかった。

 

ロープに首をかけようとすると、デフォルトと言いたくなるような言葉が、どこからともなく降ってくる。

それは「太文字のゴシック体」だとか「短くアレンジしたセーラー服」みたいにありふれている「特別」をデコレーションした定型文。

 

「生きたくても生きられない人がいるんだよ」

「君が死んだら周りが悲しむよ」

下げた眉にうるうるした瞳が目に浮かぶ。

 

たしかにそうだ。ごもっともだ。

私の命を羨ましく思う人もいるだろうし、死んだ後に思うところがある人もいるだろう。

人を傷つけるかもしれない。仕事先にも迷惑をかけるかもなあ。

 

でもさ、でもな、でもよう、

この場に及んでもなお、私は人に同情しなければならないのだろうか。

 

こんなに疲れて、辛くて、涙も枯れて。

それでも尚、「生きたかった人」の代わりに生きていくことを決めたり、私が死んで困る人のために、命を延長しなくてはならないのだろうか。

 

勘弁してくれよ。

勝手に産み落とされて、勝手にルールを押し付けられて。それでいて、途中で抜けることもできないなんて、「人生」ってのはどうかしてる。

 

「生まれたことに感謝しろ」だなんて、「初期装備」が良かったヤツらの戯言さ。良いよなあ、最初っから防弾チョッキにマシンガンが装備されてりゃあ、無敵だよ、そりゃあ無敵さ。

たまたま「裸」に、刃がかけたナイフだけを握らされて放り出された私は、今更「不公平」について解く気は無い。

 

同じような装備でも「生きること」を選ぶ奴はいるし、それで幸せを手にする場合もあるだろう。

でもさ、本当はそんなことも、もうどうだって良いんだ。

 

とにかく、勝手に生まれさせられたことに免じて、「死に方」とか「死ぬ時」くらい、自分で選ばせてくれ。それでチャラってことにしよう。

 

「死をデザインする」

私はずっと、死ぬ時は「自殺」にしようと決めている。

 

人の死を間近で見てきた。

水分が抜け、脳みそがほとんど機能しなくなり、男でも女でもなくなったその「生き物」が、ベッドの中で動かなくなっていく。干からびていく。

 

「医療」ってものが進化して、よっぽどのことがないとフェイドアウトできないこの世界で、「死にたくても死ねない」「殺してあげたくても殺せない」その不条理を、痛いほど目にしてきた。

 

「生きろ」と言われる。辛いことも何もかも押し込めて努力して「生きたかった誰か」のために生きろと言われる。

「生きる」ことこそが正義で、全てで、大切で、「死ぬ」なんてのは100%愚かだ。確実に間違っている。

 

そう教えこまれて、

「生きる」ことを強要される。

 

でも、残念ながら行き着く先は同じだ。

 

私達は必ず死ぬ。灰になる。

一生懸命生きたとして、いずれは体が動かなくなって。

 

大事な人の顔がわからない中でタンの吸引だけを日課に、「肺炎」になることを待つような最後、私は嫌だった。

それで良い人はいる、それが幸せだという人もいる。

 

だけど私は、「長生き」が美学だなんて、到底思えない。

 

だから、決めた。

そういう「死」を目に焼き付けながら、決めた。

 

私は絶対に自分で死ぬ。

自分が好きな時に、好きな方法で、好きな場所で。飛びっきりオシャレに死んでみせる。

 

「自殺」を考えている人に、私は敢えて言いたい。

死んだって良いんじゃない?

 

だって自分の人生だもの。

そのあと苦しむ誰かのこととか、仕事の事とか、そういうの、どうだって良い。とっぱらってしまえば良い。

 

首を吊れば、あなたの人生は幕を引く。

それが本当に「最善」だと思うのなら、今の状況なんかより、この先の未来なんかより「遥かに良い」と思うのなら、死ぬことを悪だとは思わない。

 

宗教とか、常識とか、そういうの全部とっぱらって、「良いじゃん、死んで」って。

私はそう言いたい。逃げたいのなら、逃げるしかないのなら、自分の命だもの。

「生きる権利」と同じくらい「死ぬ権利」はあるし、許されるべきだって思うから。

 

だけど、「死ぬ」というのは、当然後悔すら出来なくて、取り消しもできなくて、最初で最後の「強制終了ボタン」だ。

 

勘違いするな。リセットじゃない。

強制終了して、画面をハンマーでぶっ壊すのと同じ。もう二度と、「世界」には戻れない。

 

あなたが死ぬことを考えるのなら、

最後に全てをとっぱらって、自分だけのために考えてほしい。

 

今あなたを悩ませてる何かは、死ななければ解決しないことなのか。

もしかして、「自分のためだけに生きる」ことを選択したら、現実世界の中で、もっと幸せになれるんじゃないかって、突き詰めて突き詰めて、じっくり考えてほしい。自分だけのために考えてほしい。今死ぬのが、自分にとって「ベストアンサー」なのか。

 

考えに考えてみて、それでも「自分のために」死ぬことが一番良いって笑顔で言えるのなら、私はその選択を肯定する。

「どうせ死ぬ」って、マイナスな言葉じゃない。「死んで良いじゃん」って、投げやりな言葉じゃない。

 

最後には消えてなくなるということを意識する。

どうしようもなくなったら、自分で死ぬことを、自分が許してあげようと決意する。

 

「死ぬ」ことを選択肢に入れた時、人は今よりずっと、生きやすくなる。選択肢が広がる。

 

私の大好きな「山田孝之さん」は、常に「死ぬかもしれない」と考えているらしい。

突然ミサイルが降ってきたり、扉を出た先で車に轢かれたり、そうやって、「このあと突然命がなくなるかも」って意識して生きているって話してた。

 

彼はその考えを根本において、自分の起爆剤にしている。

 

「いつ死ぬかわからないんだから、今やりたいことをする」

 

彼の考えは私とは違うけれど、

「死」をお守りにする。そこだけは同じだ。

 

いつか死ぬぞって奮い立たせるのも、

いつでも死ねるよって、自分を許してあげるのも、とても違うようで、とても似ている。

 

人は必ず死ぬ。

死ぬことを選べる。

いつ死んだって良いんだ。

 

そうやって自分を許しながら、

私は今日も、まだ生きている。

 

死ぬことを思い出した時、

死ぬことを許した時、

人は今よりずっと、強くなれる。

「自分のための」選択を。

そうすればもっと、「世界」は明るくなる。

 

yuzuka

 

話を聞いて欲しい時は、私に話してね。

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yuzuka

作家、コラムニスト。元精神科、美容整形外科の看護師で、風俗嬢の経験もある。実体験や、それで得た知識をもとに綴るtwitterやnoteが話題を呼び、多数メディアにコラムを寄稿したのち、peek a booを立ち上げる。ズボラで絵が下手。Twitterでは時々毒を吐き、ぷち炎上する。美人に弱い。

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