考え方

ADHDな私が、何とか社会人として自立できた奮闘記

みなさん、こんにちは。きじ田 とらみ と申します。

28歳、中小企業の事務職をしている猫好きのOLです。

ただ、普通のOLと一線を画す点が一つ。

私はADHDという発達障害を持っています。

 

発達障害というと、すごく大げさに聞こえますが、<すごく要約して>伝えると、普通の人よりもかなーーーーーりオッチョコチョイな人だと思ってください。

 

数年前、「片付けられない女たち」という本が話題になったことがありました。

そこに登場する女性達は、「ADD(注意欠陥障害)」、「ADHD(注意欠陥多動性障害)」 という発達障害をもっています。ここでは統一してより知名度の高い「ADHD」という名称を使っていきます。

 

発達障害は病気ではなく、脳の機能障害です。

簡単な言葉で表現すると「苦手なこと、得意なことの偏りが大きい」と思ってみてください。人によって特性は様々ですが、私はコミュニケーション能力や知能は至って人並み(に見える)で、発達障害を持っているようには見えません。

 

そんな私、社会人2年目でADHDであると診断を受けました。

でもなんとか、治療することなく、人並みの稼ぎと、(モテないけれども)ありふれた幸せな生活を手にしています。

 

そんな私が、今の会社にこしかけ5年半ほど。今は楽しく仕事をしています。

今回は未熟ながら、奮闘記を披露させていただきます。

 

子どもの頃の話

  •  整理整頓をがんばりましょう
  •  字を綺麗に書きましょう
  •  ものを大切にしましょう

これが小学校のころから通知表にずっと書かれてきたコメントです。

授業中は常にプリントの裏に落書き、プリントの裏が埋まると机の上に落書き。強い筆圧であまりにも沢山の絵を書きなぐるので、右手の中指の骨は変形してしまいました。

自由帳が、1週間に1冊消費するほどだったのです。

 

授業中にウロウロすることはなかったけれど、その分手と口がよく動く子どもで、思いついた事をポンポン話してしまうので、先生には「とらみの口は水道の蛇口や!」なんて言われていました。笑

 

なくし物、忘れ物がひどい。

あまりにも消しゴムを失くすので、母が担任の先生に相談するくらいでした。そして、何十回と通学中の電車に体操服やら給食当番の服を忘れ、母を忘れ物センターに走らせました。

 

こんな変わった子どもだったので、いじめられたこともありました。

ただ、変わり者が幸いして、いじめられても気づかない「鈍感な心」を持っていました。むしろ、一人で本を読む時間が楽しかった。それに、変わり者を守ってくれる、強い友達が何故か側にいてくれました。

 

「周りに恵まれている」

友達は決して多い方ではないけれど、それが私の最大の長所かもしれません。

 

足並みが揃ってくる

中学校、高校に上がると、徐々に多動は減っていき、周りの子達と足並みが揃うようになってきました。

相変わらず忘れ物は多く、飽きっぽく、得意科目にムラがありましたが、好きな美術を続けながら、特に大きな不自由はなく、中学・高校を卒業しました。

 

発達障害との出会い

大学時代、保育士の資格を取得する際、発達障害に関して専門的に学びます。

幼少期から自分と他者の特性に違和感を感じていた私は、「私って多分発達障害だな~」とうすうす自覚するようになりました。

 

アルバイト先のお饅頭屋さんにて、レジのお釣りがしょっちゅう合わなかったり、お饅頭の包装数を間違えたり、日常生活で明らかな支障も感じはじめます。

 

高校時代までは数学が苦手でも、 世界史でカバーできた。ノートを提出が遅れても、完成度でカバーできた。

学生時代なら得意分野でカバーできていたことも、社会にでると通用しないことを身をもって感じるのです。

 

社会人になってからの苦労

社会人になった時、職場に適合できず、悩む事になります。

具体的にはこんな症状がありました。

  • 先が見通せず納期に間に合わない
  • 同時並行で仕事ができない
  • 簡単な処理に不備がある
  • ものごとの優先順位がつけられない
  • メモをとってもメモを失くす

全て社会人としては致命的なことですよね。

発達障害の事を学び、介助をし、自己分析ができても、私のキャパは小さいことには変わりなくて、すぐに水がこぼれてしまう。

 

感情の起伏も激しく、社内で涙を流すことも常にありました。

 

毎日お腹を下し、虚ろな目で通勤する。

実家が貧乏で、多額の奨学金があるから、会社を辞めることもできなかった。周りの人に非がなくて、全て自分の非。

 

社会不適合者、苦しくて、悔しくて、申し訳なくて。

地獄のような毎日でした。

 

「ADHD」の診断を受ける

明らかに、心身ともに支障をきたしていた私。

健康診断で心療内科を勧められ、近所でも有名な病院を受診しました。発達障害の自覚があったので、判断材料となるという、子供時代の成績表を持参しました。

 

問診を受け、簡単なテストを受け。医師からの診断は「ADHD」。

あぁやっぱりね。といった感じ。

 

医師はロクに話を聞きもせず、頭がすっきりするという「コンサータ」という薬と、ADHD向けの本を勧められるがままに購入し、帰宅しました。

 

蜘蛛の糸と絶望

蜘蛛の糸にすがるような気持ちで処方された薬を飲み始めました。

心臓の動きが早くなって、食欲が著しく無くなる。投薬中の2ヶ月間で体重は4kg減りました。

 

ですが、頭の働きに関しては何も実感することができませんでした。

 

ネットで「ADHD」の事例を検索してみても、ネガティブな意見ばかり。

「社会のクズ。」

「生きてきていいことない。」

「孤独。」

「遺伝するから子孫を残すな。」

治療してもダメ、もがいてもダメ。無気力で、自分自身がダメになりそうでした。

 

専門書や本の情報に頼る事をやめた

偉い先生が長年研究をされて執筆された本、自分に近い立場の人が編み出された方法です。

初めて読んだ時には、海で溺れているところに命綱を差し出されたような気持ちでした。けれども、それを読んで実践してみても、なかなか上手くできない。見放されたような気持ちになってしまいました。

 

失敗することは、どうしても防ぐことはできない。

だから、周りに迷惑が最小限になるよう、フォローの方法・仕組みを模索することにしたのです。

私が社会人生活を、なんとか営む為に、編み出した処世術も綴ってみます。

 

お礼は過剰に言う。でもカラッと

人として、誰かに何かをしてもらったら「お礼の気持ち」を伝えるのは当たり前のことです。

でも、自分がいっぱいいっぱいになるとおざなりになりやすい。私は半人前でフォローしてもらうことは前提なので、ちょっとしたことでもちゃんとお礼を言います。

 

そしてカラッとしておく。

失敗が続くと自己肯定感が低くなって、つい些細な事でも謝りすぎてしまう。いわゆる自意識過剰状態です。鬱陶しくないように、カラッと感謝の気持ちを伝えるよう心がけています。

<過剰な自意識は、まるで納豆のよう>

 

発生源を断つ!私が行った対処法

恥ずかしいけれど、得意先の人にも協力してもらってでも、仕組みを変えました。

突発的にミスが一番迷惑をかけてしまうからです。

 

制服を忘れる

私の会社は制服が支給されています。スカートやシャツを忘れてしまい、人事部の人に迷惑をかけることが3ヶ月に1回程度の頻度でありました。予備を用意しても、使用して持ち帰った後に、補充を忘れる。

そこで、人事部にも少し多めに制服を借り、会社に予備を大量にストックしました。補充を忘れても、何とかできるくらいに。

 

発注漏れ

忘れることを見越して、通常よりも長めにリードタイムを設定し、運用。

発注漏れに気づくタイミングを増やしました。

 

メモは1冊に全て統一

メモは失くすので、プライベートも仕事も全て1冊の手帳にまとめました。

手帳は常にカバンに入れておき、その手帳は必ず忘れないように。貯金通帳も手紙もすべて挟みました。

 

机の汚さは許容 笑

机の上は汚いものと割り切り(笑)、週に一回断捨離デーを設ける。投げやりに掃除すると、誤って書類を捨ててしまう可能性があるからです。

集中して整理すると、書類の紛失などは未然に防ぐことができます。

 

考え方!人のフォローは誰よりもフットワークを軽く

「困っている人には手を差し伸べましょう」

そんなの誰でも知っていることです。が、私はすごく意識しておこなっています。

 

偽善でもなんでもなく、それは自分の為に。

 

「ああ、またミスしてしまった。」「また助けてもらってしまった。」

こんな風に気持ちがすり減ると、ミスは連鎖します。

 

自分が人のフォローをしたという実績があると、自分がミスをしてフォローを入れて貰った時の罪悪感が格段に減るのです。

誰かの為と思って何かをすると、「〇〇してあげたのに!」という気持ちが湧いてきてしまうと、見返りを求めるようになり、自分を苦しめます。

 

ではなく、自分の罪悪感を拭う為にする。

と割り切るようになりました。

 

もちろん、心の中にしまっておきます。

動機は何であれ、自然にできる人ははたから見ても素敵ですよね。ただ、フォローに気を取られて自分の業務がおざなりになると元も子もないので、その辺りは気をつけています。

 

武器をアピールする

物騒なことを書きましたが、武器とは特技のこと。

私は苦手なことだらけですが、絵を描くのが好き(得意かは不明ですが笑)で、おしゃべりで、本を読むのが好き。

 

好きなことを見つけると、猛烈にアプローチします。

輝ける場所が限定されるからこそ、逃さないように、一目散にダッシュします。

 

芸は身を助けるとは言いますが、会社での立場を守るのに、役に立ちました。

だから、一見関係なさそうなことも、外部にアピールすることで、自分を守る武器になるかもしれません。

 

何の経歴もない私が、今こうやってあなたに、この文章を読んで貰っているのも「絵を描く」という武器をもって、チャンスに飛びついたからなのです。

(クオリティはさて置き)

 

踏ん張った

「無理をしなくてもいいよ、、」

「頑張りすぎなくてもいいよ、、」

というのが、最近のカウンセリングやコラムの常套句ですね。

 

頑張りすぎてしまう人には、逃げ道を作ることは自分を守る大切な手段です。

 

でも、私は「好きなこと以外がんばれない」ことに悩んでいました。頑張りたくても頑張れない。直ぐに逃げてしまう。

そんな自分が大嫌いでした。

 

不得意な仕事から、人間関係の不具合から逃げてしまいたかった。

でも家庭の事情で逃げることができなかった。

 

続ける事で、仕事の本質が見えて、自分に必要なことが見えてきました。

 

「周りの人と同じ工数で同じ成果を出すのは諦める」

踏ん張って、続けてきたからこそ、少しずつ自信を取り戻していき、家族関係が上手くいかなかった時には、逆に仕事が自分の居場所になったこともありました。これは私にとって、本当に大きな一歩でした。

 

堕落した自分も受け止めた

掃除できない、がんばれない自分も、全部自分。

そういうものだ、と諦めました。

 

受け止めきれないときは、ブラックサンダーをやけ食いして、泣きながら近所の道路をB’zを聴きながらジョギングして、ひたすら漫画を読みました。

リフレッシュの方法は人それぞれですが、私は一人で向き合うのが性に合っていました。

 

発達障害の難しい話やビジネス論は横に置いておいて、人よりも鈍臭い自分と向き合った記録を綴って見ました。

何か一つでも参考になると嬉しいです。

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きじ田 とらみ

きじ田 とらみ

28歳。中小企業で経理を担当する猫好きのOL。 モテないをこじらせ、自意識過剰気味。保育士免許と学芸員免許をもつ。趣味は宝塚とお絵描きと読書。精神の衛生を保つ為、ヨガとランニングに励む。5頭身。

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