「なんで結婚相手にKさんを選んだの?」
数年前、友人にそう聞かれた。Kさんとは私の夫のことだ。
「別に、選んでないよ」
「そっか、選ばれたんだもんね」
「……そういうことでもないけどね」
私は夫を「選んだ」とも思っていないし、夫に「選ばれた」とも思っていない。
私は彼以外に結婚相手の候補となる人間がいなかったし、彼も同様だ。何人かの中から彼に決めたのであれば「選んだ」ことになるだろうけど、他の選択肢がない場合、「選んだ」というのは適切ではないと思う。
だからそう言うのだけど、友人は納得してくれない。
彼女の中では、結婚相手は「選ぶもの」であり、それ以外は考えられないようだ。
だけど、私には付き合う相手を「選ぶ」という発想がない。
これは夫に限ったことではなく、彼以前の恋人や友人でも同じ。明確な理由があってその人を選ぶのではなく、いつも「気づいたらなんかこういう関係性になってた」という感じだ。
目次
「私はこの人と恋愛するんだろうなぁ」と思った
私は23歳のときにKさんと出会って付き合いはじめ、その6年後に結婚した。
なぜ結婚したのかというと、6年付き合ってみて「どうせこの先も一緒に生きていくんだから、籍を入れない理由もないよな」と思ったからだ。
じゃあ、そもそもなぜKさんと付き合ったのかというと……なぜだろう?
しいて言えば「告白されたから」だけど、もちろん告白されたら誰とでも付き合うというわけではない。
当然のことながら、自分で彼と付き合うことを選択している。
だけどやっぱり、「選んだ」という実感がない。
告白されたときはすぐに決められず、返事を保留にした。その2週間後、Kさんと話しているとき、ふっと「あ、私はこの人と恋愛するんだろうなぁ」と思った。
だから、その場で付き合うことにした。
2週間悩み抜いて出した結論……というわけではない。なぜかはわからないけど、そのとき突然、彼と付き合うことがすでに決まっているような気がしたのだ。
自分で決めたことのはずなのに、まるでそんな気がしない。運命もスピリチュアルな概念もあまり信じていないのだけど、なんだか「あらかじめ決められていた」ような感覚がある。
そういうことってないだろうか?
子どもの頃から直感でものごとを決めてきた
恋愛や結婚に限らず、私は何かを選択するとき、「あらかじめ決められていた」ような気分になるときがある。
たとえば、専門学校を決めたときがそうだ。
文章と演劇(当時は演劇もやっていた)を両方学べる学校を探していて、たまたまその学校の存在を知った。
その瞬間、「ああ、私はここに行くんだなぁ」と思った。あまり共感されないけど、「すでにその学校に通うことが決定している」ような気になったのだ。
まぁ、言ってしまえば錯覚なのだろう。
けれど、一度思い込んでしまうともう、その前提で未来を考えはじめてしまう。
他の学校について調べたり、比較検討する意欲が失せるのだ。「え、だって私はこの学校に行くし。他の学校のこと調べる意味ある?」みたいな。
私は子どもの頃からこんな感じで、直感だけでものごとを決めてきた。
だけど、さすがに20代後半になると「それはダメなんじゃないか?」と思うようになった。もうちょっと条件とか、メリット・デメリットを考慮して決めたほうがいいのでは……?
そう思い、大事なことは慎重に考えて決めるようにしてみた。けれど、頭で考えて決めたことはことごとく失敗。直感に従ったことのほうがよっぽどうまくいく。
自分がこんな感じなので、ほかの人も(いつもじゃないにせよ)直感でものごとを決めていると思っていた。進路や職業はともかく、少なくとも、恋愛はみんな直感でしていると思い込んでいたのだ。
だけど、必ずしもそうじゃないことを知った。
そのきっかけは、後輩のアキラ君だ。
恋人を選ぶため? 謎の箇条書きメモを見つけた話
数年前、山小屋で働いていたときのこと。20代前半のアキラ君(仮名)と店番を交代したとき、妙なものが目に留まった。
それは、ブロックメモと呼ばれる正方形の付箋だ。ふだんは在庫数などをメモするために売店に置かれている。
そのメモに、何やら文字が書いてある。
- ボディタッチが多い
- 男と女で態度違う
- 酒飲み
- 金遣いが荒い
……なんだこれ?
アキラ君が書いたものだというのはわかる。
彼の前に店番していたのは私で、そのときはこんなものはなかった。
見たところ、誰かの欠点を箇条書きにしているようだ。
でも、誰のことで、なんのために書いたのだろう?
首を傾げていると、別の後輩が来たので「これ、なんだと思う?」と聞いてみた。
すると後輩は「これって……Nさんのことじゃない?」と言う。Nちゃんはスタッフの女の子だ。たしかに、メモの内容と一致する。
「なるほど」
「うん。アキラとNさん、たぶんお互いに好きだと思う」
「えっ、だってアキラ君って彼女いるんでしょ?」
「うん。でも、あきらかにNさんのこと好きだよ。だからこうやってNさんの欠点書いて忘れようとしてるんじゃないかなぁ?」
……そんなことある?
結局、アキラ君に真相を聞くことはできなかった。メモは私が売店から離れた隙になくなっていたので、本人が回収したのだろう。私ともうひとりの後輩があのメモを見たことを、アキラ君は知らない。
それからしばらくして、アキラ君は彼女と別れてNちゃんと付き合いはじめた。
欠点を書いて忘れようとしていた説はいったい……?
そんなある日、アキラ君と話しているとたまたま「恋人の選び方」の話題になった。
すると、彼はこんなことを言った。
「世の中には、ものごとを直感で決めるタイプと、条件で決めるタイプがいると思うんですよ。僕、損したくないから条件で決めるほうなんです」
なるほど。
だとしたらあの箇条書きは、Nちゃんと彼女のどちらを選ぶか考えるためのものだったのではないか?
これは仮説だけど、アキラ君は、Nちゃんと彼女、それぞれの長所と欠点をすべて書き出して比較検討するつもりだった。
だけど、Nちゃんの欠点だけ書いたところで交代になった……というところでは?
正直なことを言うと、アキラ君の「恋人を条件で選ぶ」という意見に、このときの私は否定的だった。
それって結局、相手より自分の幸せを優先してるじゃん。それって愛なの?
そう思っていた。
だけど、あれから数年が経った今、アキラ君とNちゃんは夫婦として支え合っている。お互いを尊重しあう、素敵な夫婦だ。
そんなふたりを見て、「条件で選んだって別にいいじゃん」と考えを改めたのだった。
吉玉サキ
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