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不美人だけどそれで困ったことがない理由

不美人だけどそれで困ったことがない理由

突然だけど、私は容姿があまり優れていない。

生まれつき色黒で天パ、鼻が丸くてまぶたが腫れぼったい。なんていうか、もったりした垢抜けない顔立ちだ。

自己評価は、化粧を完璧にしたときで100点満点中45点。すっぴんだと25点。

 

つまり、ブスの部類に入る。

私はふだん、ブスを自称しないことを心がけている。だけどこのコラムは、自己評価がブスであることを書かないと話が進まない。

そのため、ここでのみブスを自称することを自分に許そうと思う。

 

さて、よく「美人は得でブスは損」という話を聞く。

たしかに、美人がちやほやされたり、ブスが容姿をネタにされたり、そういう場面はたくさんある。容姿で判断されて嫌な思いをしたことがある女性は多いだろう。

私はどうかと言うと、実はブスのわりにはそこまで損をしたことがない。

 

その理由について考えたとき、バトルフィールドという言葉が浮かんだ。

この世の中には、職場や学校といった小さなフィールドが無数に存在し、ひとりの人間がいくつかのフィールドを行ったり来たりしている。

まあ、要はコミュニティなのだけど、容姿で優劣をつけられることを想定すると、バトルフィールド感があると思う。

 

そして、多くのフィールドは美人が有利なようにできている。

逆に、ブスが有利なフィールドはほとんどないのではないか。パッと思い浮かんだのは女芸人界だけど、それだって実力や運の要素が大きく、「ブスであればあるほど売れる」というわけではない。

……と書くと「やっぱりブスは損じゃん!」と思われるかもしれない。

 

だけど、世の中には「容姿で優劣をつけられにくいフィールド」も存在すると思うのだ。

ただ、そのフィールドも「みんな平等」というわけではない。

残念なことに、やっぱり優劣はつけられてしまう。

 

その基準が容姿とは別の要素というだけの話だ。

 

学校というフィールドは、容姿ではなくスクールカーストでモテが決まる

一般的に「美人はモテて、ブスはモテない」とされている。

当たり前だろ、と言われそうだけど、本当にそうだろうか?

中学生時代を思い出すと、モテ度と容姿はまったく比例していなかった(私の通っていた中学校が特殊だったのかもしれないけど)。

 

じゃあ何が比例したのかというと、スクールカーストだ。

当時はスクールカーストという言葉はなかったものの、その概念はすでに存在していた。

 

制服の着こなしがオシャレで、華やかな雰囲気があって、男子とも気さくに話せるカースト上位グループの女子は美人じゃなくてもモテる。

逆に、地味でおとなしい子は顔が良くてもモテない。

 

学年でいちばんモテる男子と付き合っていたのは、キツネのような顔立ちのアイリちゃんだ。

単純に顔立ちだけで評価すると、アイリちゃんは決して美少女ではない。だけど、小学生時代からずっとスクールカースト最上位に君臨していたアイリちゃんは、当たり前のように「可愛いこと」になっていた。

 

アイリちゃんとは逆のパターンで、同じ塾にいた神田さんは、めちゃくちゃ綺麗な顔立ちなのに「暗くて気持ち悪い」と言われていた。

 

彼女はいつも下を向いていて、誰とも喋らない。

話しかけても、聞き取れないくらい声が小さく、目も合わせてくれない。私が男友だちに「神田さんって可愛いよね」と言うと、みんな「どこが!?」と驚いていた。

 

つまり、学校というフィールドは、容姿以上にクラスでの立ち居地で待遇が決まると思う。

 

私はというと、モテなかった。

だけど、ブスだからという理由でいじられたり、冷遇されることもなかった。

 

得もしなければ損もしなかったのだ。

それは、ある程度のコミュニケーション力があり、友だちが多く、男子とも物怖じせずに話せたからだと思う。

 

だけど、これはあくまで、ブスでもそこそこコミュ力があれば「虐げられることはない」という話だ。

コミュ力があれば「モテる」という話ではない。

 

じゃあどうすればブスでもモテるようになるんだろう?

……と考えてみたけど、残念ながらモテたことがないのでわからない。

 

だけど、告白されたことが皆無ではないので、その人たちがなぜ私に好意を持ったのか、その理由を分析してみたいと思う。

 

「夢がある」で一点突破できるフィールド

高校1年から23歳で今の夫と出会うまで、何人かと付き合った。

もしも競争率の高いイケメンを好きになっていたら、ブスの私は不利だったと思う。

 

だけど幸いなことに、私が好きになる男の人はみんなイケメンではなく、面食いでもなかった。

 

当時の私は、そのときどきで夢があった。

高校生のときは劇団に所属し、演劇に打ち込んだ。脚本と演出を学ぶために進学した芸術系の専門学校では、文芸創作を学ぶうちに小説の面白さにハマり、作家を目指して新人賞に応募するようになった。

 

自分がそうだからか、私が好きになる人もみんな、夢を持ってなんらかの創作活動をしていた。演劇、バンド、美術などだ。

そして、私はそういうタイプから好かれることがあった。私に好意を持つ人はよく「夢に向かって頑張ってるところに共感した」と言っていた。

 

私は、自分と似たタイプが多く集まるフィールド(劇団、芸術系の専門学校)に身を置いていたため、好意を持たれることがゼロではなかったのだ。

もしも私が芸術系の学校ではなく、ふつうの四年制大学の文学部とかに進学していたら、まったくもって見向きもされなかったと思う。

それどころか、ブスとして差別されていたかもしれない。

 

つまり、そのフィールドに集まる男性の属性によって、女性の容姿を重要視する度合いが違うのだ。

 

これは、職場にも言えることだ。

その後私は「山小屋」という特殊な業界で10年働いたけど、ここもまた、女性が容姿で判断されることが少ない社会だった。

 

もちろん美人はチヤホヤされるけど、ブスが冷遇されるかといえば、そんなことはない。仕事の面では単純に「頑張ってるかどうか」で評価されたし、恋愛面では、コミュ力が高くて明るい子がよくモテた。

たぶん、綺麗な女性が多い職業(CAとか受付嬢とか)だと、もっと容姿で優劣をつけられる機会が多いと思う。

 

私が願うこと

これらはあくまで私の場合だ。

私がたまたま「ブスのわりに損をせずに生きてこられた」という話であって、「この社会にブス差別なんてないよ」と言いたいわけではない。

 

差別はある。

容姿が理由で不当な扱いを受けた人、傷ついた人はたくさんいるだろう。

 

この世の中から、容姿で優劣をつける文化がなくなればいいと切に願う。

 

どうか、傷ついた女性の心が癒えますように。

どうか、他人に「ブス」という言葉を浴びせる人がいなくなりますように。

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吉玉サキ

吉玉サキ

北アルプスの山小屋勤務を経てライター・エッセイストに。好きな執筆ジャンルは季節労働と生きづらさ。だけどなぜか恋愛コラムを連載することに。お笑いが好き。

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