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恋愛中の価値観の不一致について「楽と幸せは、近いようで最も遠いから」

恋愛中の価値観の不一致について「楽と幸せは、近いようで最も遠いから」

彼がいなくなった。

私は大きく深呼吸をして、ずっと着ていた、もこもこした部屋着を脱ぎ捨てた。

 

お風呂には、自分のためだけに入る。

ムダ毛の処理は徹底せずに、彼の嫌うジャスミンの香りのボディーソープを泡立てて、体中を洗った。

 

お風呂から上がると、好きなだけのボディクリームを、全身に塗りたくる。

触ったらべたつくかなんて、気にしない。自分のために、塗りたくる。

 

裸に下着だけを身に着けて、冷蔵庫にある缶ビールを飲み干す。

「おいしい」じゃなくて「うまい」って、叫ぶ。

 

好きな映画を好きなだけ借りて来る。私の好きな映画は、バッドエンドだ。

好きな音楽を、何度も何度も繰り返し、再生する。私は飽きるまで、同じ曲を聴くのが好き。

 

ああ、私だな。これが私だなって思った。

 

私が一番泣ける大好きなシーンで、彼は食べていたピザにのった、嫌いなオリーブを小皿に移していた。

彼が好きなのは、ハッピーエンドの映画だった。

分かりやすく飛行機が墜落して、落ちた町が滅びかけて、だけどなんでか虹がかかり、その虹の魔法のおかげで生き別れの親子が再会するような、よく分からない、とても分かりやすい映画を、彼は「面白い」と言った。

 

だけど私は違った。

落ちた町のその後が気になった。潰れたビルはどうするのか。

 

死んだ人の遺体は見つかったのか。ねえ、ハッピーエンドに押しつぶされて、見て見ぬふりしてない?って、

気が気じゃなくて、面白くなかった。

 

私がすすめた映画を、彼は「面白くない」と言った。

私が一番泣ける大好きなシーンで、彼は食べていたピザにのった、嫌いなオリーブを小皿に移していた。

 

私の好きな音楽を「眠くなる」と消して、最新のミュージックランキングを、有線で流す。

彼は、新しい曲を、初めて聞くのが好きだった。

 

ああ、そうかって思ったから、私は彼と、バッドエンドの映画を見るのを辞めた。

さらわれたお姫様を救い出す映画を見て笑い、知らないけれど知っている新しい曲で、踊った。

 

「ああ、まただ」

 

その「感じ」は、不意に訪れる。

ニュースを見た感想を言い合った瞬間とか、思い出のレシートを捨てられたときとか、

そういうときに、不意に訪れる。

 

私はその小さな小さな違和感を、ずっとずっと飲み込んでいたのだけれど、

その違和感はとてもイガイガしていて、うまく飲み込めず、引っかかった。

 

ちょっと痛くて腫れてきたけど、それでも気づかないふりをしていたら、いつのまにか化膿して、

「小さな違和感」は「するどい痛み」に変わった。

 

こいつぁ困ったなって思ったときに浮かんできたのは「面倒」という言葉で、

私はある日、彼に言った。「もう、疲れました」そうして彼は、出て行った。

 

私の部屋には、私だけが残った。私の好きなものだけが残った。

心底「楽」になったその部屋で、なんだかぽっかり空いた心の穴を無視しながら、私はビールを「うまい」と言い続けた。

「ああ、まただ」って、違う違和感を感じながら。

 

人はいつも、「面倒くさい」で、大切なものを失う

進んだ道を後悔するとき、後ろを振り返ってみると、分岐点に転がっているのはいつも「面倒くさい」という感情だ。

こいつはとってもやっかいで、大切なものを忘れさせたり、本当に行きたい道を、隠してみたりする。「面倒くささ」は、日常のあちこちに潜んでいて、姿かたちを変えて、私たちの邪魔をする。

 

行こうとする足を引っ張り、起き上がろうとする体にのしかかり、小さく、だけど大切な選択を、投げ出させるのだ。

 

それが「面倒くさいから」、投げ出したいのか、はたまた「面倒くさいけど」投げ出したいのか。

ちゃんと、見極める必要がある。人は迷ったとき、「面倒くさいほう」を選んだ方が良い。

 

価値観は、いつも不一致だ

「価値観の不一致で」

バンドの解散、夫婦の解散。なにかを終わらせるとき、私たちはいつも耳障りの良い言葉を口にする。

 

確かにそうだろう。合わなかったのだろう。だって、価値観はいつも不一致なのだ。

価値観が合わないから、一緒にいるのだ。価値観が合わないから、面白いのだ。価値観が合わないから、なにかが生まれる。

 

同じ花を綺麗だと思う必要などない。無理に合わせる必要もない。

違う花を綺麗だと思える相手を尊重し、自分の好きな花と合わせて、ブーケを作る。

それが「一緒にいる」ってことだと思う。

 

そしてそれを、最初はちゃんと、分かっていたはずなのだ。

そんな相手を、大切に思っていたはずなのだ。

 

だけど、私たちは時々、その理解だとか、歩み寄ることだとかを、「面倒くさい」と感じ、投げ出したくなる。

「価値観の不一致」を理由に掲げ、最もらしく傷ついた顔をして、相手を手放す。

 

だけど、本当は違う。

別れの理由は、そこであってはいけない。

 

本当は価値観が合わないことなんかではなくて、合わない価値観を「面倒くさい」と思って、歩み寄るまでもなく、投げ出そうとしていることが、「解散」の理由でなければならない。

 

「価値観の不一致」ではなく、不一致を不一致のまま、どうしようともしなかった。

そこが理由だと、気づかなくてはならない。

 

価値観は合わない。でも、面倒くさい「けど」歩み寄るのか。

価値観は合わないけど、面倒くさい「から」一緒にいるのか。

 

人はいつも、「面倒くさい」で、大切なものを失う。「楽」と「幸せ」は違う。幸せには、努力が必要だ。

努力を放棄した「楽」の先に、「幸せ」はない。

 

間違ってはいけないよ。

「飲み込む」って、歩み寄るから一番遠い、行為だから。

 

yuzuka

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yuzuka

作家、コラムニスト。元精神科、美容整形外科の看護師で、風俗嬢の経験もある。実体験や、それで得た知識をもとに綴るtwitterやnoteが話題を呼び、多数メディアにコラムを寄稿したのち、peek a booを立ち上げる。ズボラで絵が下手。Twitterでは時々毒を吐き、ぷち炎上する。美人に弱い。

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