考え方

「結婚って幸せですか?」と聞かれて即答できない理由

2018年9月28日

「結婚って幸せですか?」

ある日の仕事中、あゆちゃんが言った。

彼女は後輩で、まだ19歳だ。

 

昨年のこと。私と彼女は並んで皿を洗っていた。

私の洗った皿を、彼女が拭いていく。皿を洗いながら、私は慎重に言葉を選ぶ。

 

「……1回しか結婚したことないし、結婚生活もまだ4年だし、幸せかどうかわかんない」

「えー、幸せそうじゃないですかぁ」

 

結婚前の29年間と、結婚後の4年間。どちらも振り返ってみる。

「たしかに、結婚してからのほうが、結婚前よりも幸せを感じることはやや多いかな」

幸せを感じることはやや多い。

 

我ながら、くどい言い回しだ。

けれど、考えをより正確に伝えようとすると、こうなる。

 

後述するけど、私は幸せの定義について持論があって、安易に「幸せだよ!」と言い切りたくないのだ。

 

「いいなー、結婚」

あゆちゃんは無邪気な口調で言う。結婚への憧れがあるらしい。

 

「でも、それはあくまで私の場合だから。誰が誰とどんな結婚生活をするかによって、全然違ってくると思う。結婚ってバリエーションあるよ」

私は、結婚が必ずしもすべての人にとって幸せなものだとは思っていない。

 

「そんなこと言ったらなんだってそうじゃん」と思われるかもしれないが、ケースバイケースだと思うのだ。

結婚に不向きな人もいるし、うまくいかない相手を選んでしまうことだってある。お互いに愛していても、すれ違ってしまう夫婦もいる。

だから正直なところ、「あゆちゃんが結婚したとしても、絶対に幸せになるという保証はないよ」と思う。

 

だけど、それは口に出さない。

あゆちゃんの結婚への憧れを、無駄に砕くようなことはしたくないのだ。

 

目次

本人が幸せだと思えば、どんな結婚も幸せじゃない?

私があゆちゃんに「結婚って幸せだよ」と言い切らなかった理由。

それは、私にとっての幸せと、彼女にとっての幸せが別物かもしれないからだ。

 

私は、幸せは主観で決まると考えている。つまり、どんな状況であっても、「本人が幸せだと思えば幸せ」という定義だ。

たとえば、今月15日に逝去された樹木希林さんは、夫の内田裕也さんと40年以上も別居していた。

その間、内田さんは不倫をしたり、勝手に離婚届を提出したり、逮捕されたりしている。それでも、樹木さんは離婚しなった(訴訟を起こしてまで離婚を無効にしている)。

 

もしも私が樹木さんの立場だったら、そんな結婚生活は幸せだと思えない。

だけど、樹木さんはどうだろう?

 

ご自身の結婚生活を「幸せだ」と思っていたかもしれないし、「幸せじゃないけどこれでいい」と思っていたかもしれない。私のような凡人には理解できないような理念でもって、結婚生活を全肯定していたかもしれない。

つまり、「○○なら幸せ」「△△なら不幸」という条件なんてないのだ。

 

パートナーの不倫や借金といった、一般的に不幸とされるできごとが起きても、捉え方は人によって違う。

「この結婚は失敗だった……」と嘆く人もいれば、「それでも、この結婚に後悔はない」と思う人もいるだろう。

 

これは、「嘆かない人のほうが前向きでエライ」といった話ではない。

どちらがいい・悪いではなく、もっと単純に「人それぞれだよねぇ」という話だ。

 

「幸せ=つらいことがない」ではない

私はあゆちゃんに「結婚してからのほうが幸せを感じることはやや多い」と答えた。

それは、ここで「幸せだよ」と言ってしまうと、「辛いことが何ひとつない」と誤解されるおそれがあるからだ。

 

いやいや、そんな単純な人いないでしょ、と思われるかもしれない。

だけど、実際いるのだ。

 

「結婚生活が幸せ=その人の結婚生活には何ひとつ辛いことがない」と解釈する人を、今まで何人も見てきた。

もちろん、そんなことはない。私は夫と結婚してから幸せを感じることが増えたけど、同時に、苦しみや怒りだってものすごく感じている。

 

今日だってそう。

数時間前、夫がコーヒーを淹れてくれたときは、たしかに幸せだった。

だけど、そのあと夫が仕事をせずにダラダラしているのを見て、「私は頑張って原稿書いてるのに!」とイライラした。

 

つまり、私の幸せは小豆相場のようにすぐ変動する。

私が「幸せになる」ではなく「幸せを感じる」という表現を使う理由はここだ。

 

私が気分屋だからかもしれないが、幸せというものについて、「一度幸せになったらずっとそれが続く」と思っていないのだ。

一日の中でもこんなに気持ちが変わるのだから、50年や60年の結婚生活、ずっと幸せなんてことはあり得ないと思う。

 

結婚してからのたった数年でさえ、夫にムカついたことも、けんかしたことも、めちゃくちゃある。

だけど「幸せか不幸か」と聞かれれば、まぁ、幸せだ。

 

だから、既婚者が結婚を幸せだと言うときは、「辛いこともいろいろあるけど、それもひっくるめて幸せ」という意味だと思ってほしい。

決して、24時間365日が幸せではないのだ。

 

もしもあのとき結婚しなかったら?

「でも結局、サキさんはオットさんと結婚して正解だったんですよね?」

あゆちゃんが言う。

 

うーん……。

たしかに、29歳で夫と結婚してからのほうが、それまでよりも生きやすくなった。だけど、それは結婚だけが理由じゃない気がする。環境や人間関係、仕事による変化も大きい。

それに、もしも結婚していなかったとしても、私は同じように幸せだったかもしれない。

 

もっと早くに今の仕事を始めていたかもしれないし、夫と別れてほかの人と結婚していたかもしれない。

今以上に幸せになっている可能性だってある。

 

「選ばなかったほうの人生」と「今の人生」は比較しようがない。

どっちが正解かなんて、永遠にわからないのだ。

 

もっと幸せな選択肢があったとしても、私はこの道を選んだんだから、別にいいじゃん。

そう思うし、それしか思いようがない。

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吉玉サキ

北アルプスの山小屋勤務を経てライター・エッセイストに。好きな執筆ジャンルは季節労働と生きづらさ。だけどなぜか恋愛コラムを連載することに。お笑いが好き。

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