この取材が決まった当初、私は今回の記事をどう描こうか、悩みに悩んでいた。
難しい話になってしまうかもしれない、「らしくない」と一蹴りされるかもしれない。
コミカルに、主演俳優の撮影秘話だけを集めた記事にするべきなのだろうか。
だけど、実際の作品を見て決めた。この記事は、映画が好きな人のために、
そして、「生きづらさ」を抱え、今日も布団の中でうずくまっている、誰かのために書こう、と。
目次
この作品の魅力は、「なんやねんこいつ」から「私も同じ」に代わる瞬間にある
「今日こそはうまくやろう」と決めた日に限って、目覚ましの音に気づかない。
せめてご飯を作ろうと思って出かけようとすると靴下が片一方見つからなくて、どうにかたどり着いたスーパーは、閉店間近。ゆっくり買い物したいのに、店員たちの嫌な視線で急かされる。
ハンバーグを作ろうとしたのに、ひき肉が売り切れていて、玉ねぎはどれも傷みが酷く、使いものになりそうにない。
「こんな日に限って」って思いながらやけになる。卵とお惣菜だけを買って、家に帰る。
お味噌汁だけでも作ろうと思い立った瞬間に味噌の買い忘れに気づき、卵を焼こうとすれば、床に落とす。
「もういやだ!」
なにもかもを諦めて、惣菜をレンジに入れてあたためボタンを押した瞬間、レンジのブレーカーが落ちるのだ。
これは、この映画の中にある、ワンシーンである。
まるで誰かのある日をそのまま映し出したかのような一連の映像。
誰にでもある、「ついていない日はトコトンついていない」が、主人公の寧子には、毎日毎日降りかかる。
「私、鬱だから」
彼女が語る生きづらさは、一見軽口を叩いているだけのようにも思えるけれど、毎日の積み重ねは、着実に心を疲れさせるのだ。
主人公は、「面倒臭い」女の子
主人公は、寧子(趣里)。過眠症で、躁鬱、ついでに無職。
この寧子が、滅茶苦茶強烈なキャラクターなのである。
少女漫画のヒロインに抜擢されるような、なんの欠点もない女の子とは、対局の立場にいる彼女は、理不尽で、いい加減で、面倒臭くて、鬱陶しい。誤解を恐れて言うのなら、関わりたくない人間だ。
そんな寧子が「なんとなくそういう雰囲気になって」、ゴシップ誌で編集の仕事をしている津奈木(菅田将暉)の家に転がり込んでから、もう随分と時が流れた。
面倒臭い寧子と出会ったのは、面倒を避けて生きてきた「津奈木」だった
出会った日、寧子は泥酔していて、介抱してくれた津奈木に、こう食ってかかる。
「知ってますよ。あんたの雑誌、やばい写真載せて、自殺者出ましたよね?なんでそんな、クソみたいな仕事してんすか?はっきり言って私なら、死んでますけど」
反論もせず、ただ寄りそう津奈木。
正反対にも思えるふたりが一緒に暮らすようになるのは、そのすぐあとのことだった。
「ちゃんと向き合う」って、なんだろう
朝から晩まで働きに出る津奈木の家で、ほとんど布団の中で過ごす寧子。
これと言った会話はないけれど、津奈木は毎日、寧子のためにコンビニ弁当を買って帰る。
「カレーとカツ丼、どっちが良い?」「あんたはどっちが良いの?」「カレー」「じゃあカレー」
「私、今鬱だから」「そうなんだ」
怒るわけでもない、悲しむわけでもない、優しい口調だけれど、何か言葉をかけてくれるわけではない。
この津奈木、優しいというよりは、「全てのことに無関心」のようにも見えるのだが、
そのなんとも言い難い、「ボーっとしている」(ように見える)態度が、寧子のイライラを、加速させることになる。
自分の気持ちをコントロールできず、思うがまま、津奈木に全てのエネルギーぶつける寧子と、できるだけ穏便に、傷つかず傷つけないように、他人とは距離を置く津奈木。
噛み合わないふたりの、ちぐはぐな毎日。
そんなふたりの毎日に変化を起こさせるきっかけとなるのが、元カノ、安堂の登場であった(仲里依紗)
「あんた、私たちのこと、なめてんでしょ」突然家に現れたのは、元カノだった
「あんたみたいな女が、なんで津奈木と付き合ってんの?」
突然自宅に現れて、そう言い放ったのは、津奈気の元カノである、安堂(仲里依紗)。
この元カノのしつこい訪問により、寧子は津奈木の部屋の布団から、引き摺り出されるはめになる。
よりを戻したいから津奈木の家を出て行けという元カノに呆気にとられ、「はあ」と、適当な相槌を打っている間に、寧子は、いつのまにかアルバイトとして、安堂の知り合いの店で働くことになる。
無理やりの説得によって社会と接点を持たざるを得なくなった凛子は、ようやく持てた他者との接点の中で、いろいろな感情にぶつかっていくことになる。
ところで、この元カノがまた、強烈な雰囲気を醸し出しているのだ。
というよりもこの作品、出てくる登場人物に、所謂「普通の人」が、多分、いない。
みんなどこかで生きづらさを抱えていて、それに反発したり、乗り越えたり、受け入れたりしながら、それぞれどうにか、生きている。
そんな個性豊かな誰かと関わりながら、
「変わりたい。どうにかしたい。だけど、どうにかできない」にぶつかる寧子。
「私はやっぱり、みんなと違うんだ」
うまくやりたいのに、みんなが簡単にできることなのに、どうにもこうにもうまくうまくこなすことができない。
寧子のその思いや苦しさは、きっと誰もが抱える「生きづらさ」なのだ。
だから私たちは、画面にうつる寧子のことが、いつのまにかちょっとだけ、好きになる。
好きになって、苦しくなる。
私は私と、別れられない
劇中に出てくる台詞で、私の胸に突き刺さっているものがある。
「いいなあ、津奈木は私と別れられて。私はさ、私と、別れられないんだよ」
自分が体力を使って向き合うだけ、相手にもちゃんと、疲れてほしい。
「私自身」と、ちゃんと、向き合ってほしい。
この映画は、どこかの誰かの恋愛映画じゃない。多分私たちの、「人生」を、描いてる。
原作は、本谷有希子さんの、芥川受賞作品。
さて、今回はあえて、記事のメインである監督インタビューよりも、映画のストーリーを、先に持ってきた。
ここまでを読んで興味を持ってくれたのなら、ぜひこの先も、読み進めてみてほしい。
ここからはいよいよ、「作り手」の話になってくる。
この映画の原作は、本谷有希子さんの、『生きてるだけで、愛。』 (新潮文庫刊)
本谷有希子作品のファンであれば、彼女の小説を映像化するのがいかに「難しそう」であるか、理解できると思う。
彼女の小説は一人称型で、この作品でいうのなら、主人公である寧子が、ひたすらに思いをぶちまけまくるという描かれ方をしている。
くそ、違う。こんなことが言いたいんじゃない。おかしな方向に話がずれている。この馬鹿があたしをないがしろにするからだ。あたしのことを適当にあしらうから。あたしはあんたが手袋をはめて「本当だ、何これ。あったかいわ。すごいね、寧子」って感謝されたいだけなのに、なんでたったそれだけの簡単なことがうまくいかないんだ?【小説「生きてるだけで、愛。」本谷有希子著。から抜粋】
誤解を恐れずにいうのであれば、彼女の描く女性はいつもちょっと、ややこしい。
簡単に「わかるわあ」と理解しがたい、くせのあるキャラクターなのである。
しかし、不思議なことに、過去と現在を行き来しながら、彼女が吐露する思いを読み込んでいくと、映画同様、最初は理解し難かった主人公のことがいつのまにか、好きになっていく。
表現するのが難しいが、彼女の作品はいつも、「誰かの物語」というよりは、「誰かの感情そのもの」なのだ。
そんな「感情そのもの」を、文字から映像にしようとメガホンをとったのが関根光才監督なわけであるが、なんと彼は、この映画が、長編映画の初監督である。
「初めての挑戦が、こんなに難しい原作の映像化?」
どんな思いで引き受けたのか、そして、そんな重役を任される関根光才監督というのが、どんな人物なのか。
知らない方のために、インタビューより前に、その説明を挟んでおきたいと思う。
脚本監督を勤めるのは、ミスチルや安室奈美恵のMVを手がける、世界的映像作家、関根光才
アディダスや資生堂、マクドナルドにNTTドコモと言った数々の企業CMを始め、Mr.childrenや安室奈美恵、AKB48等、名だたるアーティストのMVやショートフィルムも手がけてきた世界的映像作家。上智大学文学部哲学科を卒業後、CM制作会社在籍中に発表した映画、「RIGHT PLACE」が、各国で多数の賞を受賞する。翌年2006年のレインダンス映画祭CM、「Daughter篇」では、カンヌ国際広告祭新人監督賞「Young Directors Award」にて、日本人初のグランプリを獲得し、同年、Shotsが発表した年間広告制作者ランキングNew Director部門で、世界ランキング1位となる。 公式HP
彼の撮る作品にはいつも、強いメッセージ性と、情緒が含まれている。
色、音楽、光。その全てに「伝えたい何か」が見え隠れしているような気がするのだ。
さて、それではインタビューに移りたいのだが、先におすすめしておきたいのが、映画を見る前でも後でも構わないから、是非原作に目を通してほしいということだ。
何かの原作を映画化した作品を見たとき、新たに作られた脚本や映像の中で、「原作の何を残し、何を削ぎ落としたのか」を、知ることは、この物語の中で、監督や脚本家が描きたかった「真髄の部分」がどこなのかを、知るヒントになる。
今回はそんな「原作」と「映画」の違いにも触れながら、関根光才監督が、この作品を通して私たちに何を伝えたかったのかを、インタビューしてきた。
因みに、今回の作品は、一般的な「デジタル」ではなく、「フィルム」で撮影されている。
手間も時間もかかる、フィルムによって撮影した意味は、なんだったのか。
映像作家としての彼のこだわりにも、注目してほしい。
yuzuka
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