あるミュージシャンのライブへ行った。
曲もあまり知らないような人達で、だけど知り合いは興奮気味に「すごいんだよ」って話した。
私はライブ会場で人に揉まれながら、飲み終わったカシスソーダの甘ったるい後味を、舌の上で転がしていた。
「チケットが取れるなんて奇跡だよ」と涙ぐむ彼女を横目に、「あぁ、そうなんだ」って。それだけ思った。
興奮が伝わってくる。
うるさい会場から切り離された、シーンとしたステージに時折瞬くストロボ。会場内の人間臭い匂いも、隣の人の腕の体温も。
「この人たちはすごいんだ」って、興奮して色めき立っている。
その中にいる私は、周りより体温が低く、なんとなく置いてけぼりをくらった。
ライブ前、大音量のBGMで震えるライブボックスの天井の端っこあたりの空間を眺めて、あのへんは涼しそうだなぁ、なんて考える。天井には亀裂が入っていた。長年この中で、こうやって興奮がいっぱい貯まる度、押さえつけるのに必死だったんだぜって、そう言ってる気がした。
カシスソーダの入っていたプラスチック性のコップの中の氷が溶け始めた頃、大きなギターの音と一緒に、笑顔の2人組がステージに現れた。
光が交差して、揺れはさらに激しくなる。
興奮は歓声や湿り気、リズムに代わり、会場には熱気の塊ができる。
さっきまでは大人しそうに俯いていた地味な男性も、なんの仕事してんだろうって疑問になるようなピアスの女の子も、みんな同じように手を挙げて、体を揺らして、会場に充満する興奮の蒸気を吸い込んで、「ハイ」になっていた。
良い曲なのかもしれないなって、目を閉じて歌詞を読み取ろうとした。
雨が止んで虹がかかったり、重い荷物をわけあったり、出会って別れて後悔したり。
「ありきたり」で「ファッショナブル」で「薄っぺらい」歌詞だった。
音楽に価値があるのかな?って、楽器の音に聞き入ってみた。
やっぱりよくある「爽やかな曲調」があるだけで、良さはわからなかった。
おい、嘘でしょう。
ねぇみんな、この人達のどこが凄いっていうの?どこが「特別」で「唯一無二の存在」なの?
こんな人達、流行りのコートみたいだ。
ファストファッションを唄う店にいけば、2980円で、大量に売られているじゃない。
ありきたりだ。「よくいる誰か」だ。
あのベース、きっと少しほだせばヤれそうじゃない?っていうかそんなにかっこよくないし。
周りに目を向ければ、「そんなにかっこよくもない」ベースにむけられた、脳内物質を大量放出するような恍惚の表情が、溢れている。
ねぇ、あんたたち本気?
本気でこの人たちに魅力を…
「バカじゃない」
熱いお茶に落とし入れた氷みたいだった。
周りの温度に熱されても、同じ温度になんてならない。
違う温度のまま、空間に押しつぶされていく。
私は、溶けてなくなりそうな自分が、とても怖かった。
ふと横を見た。
私をここに連れてきた友達は、手を挙げて揺れながら、泣いていた。これまでに見たことがないような真っ直ぐな涙で、その横顔は、美しかった。
本当は分かっていたのだ。
「こんな思い」を抱えているのは、決して私だけじゃない。
この人達のカリスマ性なんて関係ない。
一番ダサくてありふれているのは、こうやって1歩下がったところから、群衆をバカにして分析している、私みたいな存在だ。
こうやって分析して、冷めた批評で頭の中を満たして、安心しようとする。
「大丈夫。すごくなんかない。特別なのは私だ」って。それを説明したいのだ。誰にって、誰でもない自分自身に。
「この人たちはバカなのよ」「あなたは特別」「大丈夫」「あなたは特別」「あなたは特別」…
本当はそうじゃない。この「ありふれた歌詞」に本気で共鳴し、心を揺さぶられるこの人達の方が、よっぽどカッコイイ。
この「ライブ空間」を心から楽しんで、綺麗な涙を流すこの人達の方が、よっぽどよっぽど「人生」を生きているし、価値がある。
そして、それを作り出すステージにいるこの2人は、やっぱり「特別」で「唯一無二」の存在なのだ。歪んだ視線でへりくつを抽出することばかりに時間を費やしている自分は、汚くて、小さくて。情けなかった。
本当はそっち側に行きたいのに、行けない自分を納得させるために生まれたのは、このどうしようもない「嫉妬を練りこんだ冷静さ」だ。汚い言葉に絡みついた嫉妬に、たった今まで、気付かなかった。
私はこういう「何か」を生み出して並べることで、彼らとの隙間を埋めようとしていたのだ。そんなことで距離が縮まって、自分の価値が高まった気でいたのだ。
「バカみたい」
今度は、自分にそう思った。こんなことをしたって、汚い感情と冷めた態度で、自分を囲んでいることにしかならないのに。
「自分は違う」「特別だ」って、
きっと誰もがそう思いたい。そう思って安心して、自分自身を認めたい。
だからそれを揺るがす「誰か」が出てきた時、人は焦るのだ。焦って、怖くて、取り乱しそうになる。
それを防ぐために、自分に蓋をして、そこから自分を切り離そうとする。
「あいつ、全然凄くないのに」
なにかを評価される誰かに出会って、そういう感情が生まれた時。
その時こそ、本当は「あいつ」から、何かを吸収すべき時なのかもしれない。自分がなりたい「何か」に、近い存在なのかもしれない。
そう、だから考えなきゃ。
「バカみたい」って、自分を守らずに。
ライブ終了間近、手元で行き場をなくしたコップの中の氷が、ついに全部溶けきった。
もう一度音楽に集中してみたけど、やっぱり歌詞も音楽もありきたりで。だけど「彼ら」を見ながら、「凄いな」って思える自分に気づいた。
CDを買って帰ろう。
そう心に決めた時、軽くなった心に気づく。揺れるライブ会場で、私はまた、目を閉じた。
yuzuka
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