「おかえり」と抱きしめながら、鼻に意識を集中した。
彼の「今日あったこと」を聞きながら、矛盾点を探す。
あそこの居酒屋の定休日って、いつだっけ?
預かった洗濯物をひっくり返したり、においをかいだり。
スーツのポケットに手をつっこんで、領収書を見つけると、震えながら開いた。
眠ったあとはスマホをチェックして、今日の嘘の答え合わせをする。
気づけば、本当のことなんてほとんどなかったから。
気づけば、どうすれば良いのかなんて、分からなくなっていた。
「残業なんだ」
ここ最近増えたその言葉の意味なんて、とっくの昔に気づいていた。
目次
「なりたくない女」になるのが苦しかった
帰ってこないことが寂しいんじゃない。
置き去りにされることが苦しいんじゃない。
嘘をつかれていることが、悲しいわけですら、なかったのかもしれない。
彼がほかの女の笑顔にうつつを抜かしている間、
他の誰かの腰に手を回し、抱き寄せているその間、
優しかったはずの私が、心地よかったはずの「愛」が
醜い姿へと変貌をとげていくのが、怖くて、憎くて、キツかった。
あれだけ美しかったはずの関係性が、濁っていく。
「こんな女になりたくない」と、心が拒む。
拒むのに、辞められない。辞められないのに拒むから、心に皺ができる。
彼のスマホを、洗濯物を、カレンダーをチェックしながら、
醜く歪んでいく心と表情に、困惑していた。
歪んだプライドがそうさせるのなら、その捨て方を教えてよ
今彼の横にいる誰かは、私達の思い出の場所で、最高の笑顔を演出している。
帰ってきて迎えるのが、薄汚れた私だったら。
ヒステリックに怒鳴ったり、泣いたり、わめいたりしたら。
「あの子の方が良い」って、捨てられたら、私のプライドは、どうなるの?
だから服を着て、リップを塗って、気持ちをかみ殺して、あなたを出迎えた。
「お疲れさま」が言えなくなったのは、たぶんその頃からだ。
私が洗濯した下着で、私と同じシャンプーの香りを漂わせながら、
あなたがどこに向かい、ここへ帰ってきたのか。
一度気づいたことを見て見ぬふりするだけの鈍感さは、持ち合わせていない。
苦しみは、消えない。疑いも消えない。
他の男に抱かれてみても、お酒を飲んでみても、
消えないその醜い愛の行方を、いつまでも、いつまでも。
途方に暮れながら、見つめていた。
今日も嘘を探して、見つけて、泣いて
私は嘘を探しながら、泣いていた。
見つけても、見つからなくても泣いていた。
それはたぶん、泥水の中で水死体を探す作業に似ている。
「見つかるべきだ」と思いながら、「見つからないでくれ」と悲願している私は、
心の底から醜くて、情けない。
ずっとずっとこのまま、泥水の中にいれば。
いつか太陽で、干からびる日が来るのだろうか。
それとも泥水は増殖し続けて、私を飲み込んでいくの?
先なんて分からないまま、今日もまたつぶやいた。
「こんな女になりたくなかったの」
聞いたこともない? 男が外で他の女ば抱いてる間、女はちゃんと起きてるの。
ゴミ箱のレシートば確かめたり、メールば見たり、洗濯物の匂いば嗅いだりしてる。
女は何も聞かねえ。香水の匂いばつけた男に、近所の奥さんの話ばする。
靴下の裏さ髪の毛ばつけた男に、子どもの学校の話ばする。
男ば嫌がんのわかってる。でも女は止めらんね。
そったら女、嫌だ。
だから私は、ずっと我慢してた。見ないようにしてた。でも違うの。
ほんとはずっと、ほんとはずっと、あんたが外で他の女ば抱いてる間、
あんたが他の女の脚ば開いてるのを思い浮かべて、あんたの腰さ女の手が回るのを思い浮かべて、
悔しくて恨んでた。罵ってた。
お願いだから、お願いだからもう許してって泣いてた。お母さんみたく。あの時、お父さんのことは少しも嫌いにならなかった。
泣くお母さんのことば嫌いになった。
だから私も、あんたのこと嫌いになる代わりに、自分のことば嫌いになるんだと思う。ほんとの私はお母さんと同じ人間だから、
嫉妬深くて感情的で、夫ば憎みながらなじりながら、醜くなるんだべなあ。
この男は他の女ば抱いた、あんたの顔を見るたびにそう思ってあんたを許さねえ。
そばにいながら恨んで、同じ家さ住んで、憎んで、生きてく。
私あの女とおんなじ女さなるべ。・・・なるべ。・・・なるの。【引用:ドラマ最高の離婚(坂元裕二) 第五話】
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