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女が憧れる女たち!実在したチカラ強い女性をモデルとした洋画を4つ紹介

女が憧れる女たち!実在したチカラ強い女性をモデルとした洋画を4つ紹介

フェミニズム的思想の波及による男女平等的考えが尊重されつつある昨今、男女格差を無くそうとする運動が盛んとなり、結果、女性の社会進出も多くなってきてはいます。

一部過剰な?というか、的外れな主張をされる方も多いですが、私も大まか男女の究極的平等にはもちろん賛成であり、ヨーロッパをはじめとする先進的な国々に負けじと頑張ってほしいものです。

参考記事:最近よく聞く「フェミニズム」って何?どんな考えなの?

 

さて、そんな現代よりはるか昔。それはそれは男女格差が激しかった時代が存在します。女性が学校に通えるようになったのも歴史的に見るとつい最近の話ですよね。

ただそういった大変厳しかった時代であっても、自分らしく強く生きた者が存在し、それらの姿は現在でも多く語り継がれています。

 

今だから見たい女性が力強い洋画4選

今回はそんな「自分の意志を曲げず強く生きた歴史に残る女性たち」を題材にした映画を4つご紹介していきたいと思います。

どうぞ!(今回紹介する映画たちもU-nextにて視聴が可能です

 

ココ・アヴァン・シャネル

「ココ・アヴァン・シャネル」はエドモンド・シャルル=ルーの同名小説を原作として、誰もが名前を知る世界的なファッションデザイナー、ココ・シャネルの生涯を描いた映画です。

孤児であった幼少期から、紆余曲折を経て20世紀を代表する超有名ファッションデザイナーになるまでのシャネルの人生が綴られています。

 

『ココ・アヴァン・シャネル』はどんな映画?あらすじを紹介

フランスのとある孤児院、そこには決して迎えに来ない父を、姉と共に待ち続ける少女がいました。彼女の名前はガブリエル。

時が過ぎ、孤児院を出た少女は、お針子(おはりこ)をしながらナイトキャバレーで歌い踊り、「ココ」の愛称で呼ばれ、歌手を目指します。

 

しかし、困難ののち歌手の夢は破れ、愛人バルサンの元に転がり込むことに。

華やかなドレスを纏う女性たちの中、男性の服を纏う彼女はバルサンの支援を受けながら、富裕層に評判の帽子屋となりました。そこで新たに落ちた恋の相手、ボーイへの想いで揺れ動きながら、伝説のファッションデザイナーへの道を歩んでいきます。

 

超有名ファッションデザイナー、ココ・シャネルとはどんな人物?

ファッションを愛する人なら知らない人は居ない、フランスの超有名ファッションデザイナー、それがココ・シャネルです。

1883年にフランスに生まれたシャネルですが、12歳の誕生日前に母親を亡くした後、姉と共に父親に孤児院に捨てられ、孤独な少女時代を過ごします。

 

成長したシャネルは最初はファッションデザイナーではなく、歌手を目指していましたが、愛人の元で作成していた帽子のデザインが認められたことにより、ファッションデザイナーの道を歩み始めました。

みなさんご存知の通り、結果的に帽子だけではなく、服や香水、バッグなど様々なアイテムが生まれ、おしゃれに敏感な女性たちに愛されています。

 

まっすぐ前を向いて歩み続ける魅力的なシャネルの生きざま 

独創的なデザインで人々の心をつかんでやまないシャネルのファッションアイテムですが、制作したシャネル自身は男性の服を纏って日々生活をしていました。

これは当時のフランスの女性たちがコルセットやドレスなどの、動きにくく窮屈な服を着て生活していたことから、「どうして女は窮屈な服装に耐えなければならないのか」という反骨精神からきたものだと言われています。

 

そんなシャネルの服装からもにじみ出る、決して自分の意志を曲げない真っすぐさと、愛人にも媚びることのない地に足をつけた女性の強さを、映画からもひしひしと感じます。

ファッションは現代を生き抜くための鎧だと言われることもありますが、シャネルのファッションアイテムが今も多くの人に愛されるのは、デザインやセンスだけではなく、このにじみ出る強さが多くの女性たちを引き付けてやまないのだ、ファッションを通じて女性たちは彼女の強さを身にまとっているのだ、と映画を見ながら感じました。

 

グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札

アメリカの女優から、モナコ公国の公妃となったグレース・ケリーの活躍を描いた映画です。

モナコ公国存続に立ち向かう公妃の姿を、ハリウッドのトップ女優、ニコール・キッドマンが、抜群の演技力により強く可憐に演じます。

 

『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』の内容は?あらすじ紹介

1956年、人気オスカー女優のグレース・ケリーはモナコ公国のレーニエ大公と結婚、子宝にも恵まれた結婚生活を送っていましたが、女性が政治に意見することを快く思われない、控えめでいるのが公妃の務め、などの宮殿のしきたりに馴染めずにいました。

大公とのすれ違いも多くなる中、ハリウッドの女優業に復帰しないかという依頼を持ち掛けられ、揺れるグレースの心。

 

そんな中、フランスとの併合要求により、モナコ公国存続の危機が訪れます。

公国の危機を守るため、公妃グレースが取った一世一代の大芝居とは

 

元女優のモナコ公妃、グレース・ケリーとはどんな人物?

グレース・ケリーは1929年にアメリカの裕福な家庭に生まれました。

少女時代は大人しく控えめな女の子だったそうですが、ハイスクール卒業後に女優を志し、1949年にブロードウェイデビュー、更に1951年にはわずか22歳でハリウッドデビューを果たします。

 

大人の気品を漂わせたクールビューティーな美貌と演技力で人気女優となりましたが、1956年にカンヌ映画祭で出会ったモナコ大公レーニエ公と結婚。

その後、女優業を引退し、モナコ公妃として公国のために生涯を捧げました。

 

公国のために尽くした、才気ある「シンデレラ」

恵まれた容姿とそれを補って余りある演技力を持つ超人気女優からモナコ公妃へと転向した女性。

と、このように書くとまさに恵まれた現代のシンデレラと言えるグレースですが、彼女はドレスを纏っているだけのお姫様ではなく、嫁いだモナコ公国の発展のため、精力的に尽くした女性です。

 

「政治に口出しするのはアメリカ式」と窘められた時も、大公の言葉に従うだけではありませんでした。そのように意見する姿を見せるグレースの姿は、まさに公国のために戦う強い女性といえます。

直接的な武器を持たずしても、その気持ちと言葉をのせたスピーチで人々の心を揺り動かしました。グレースは、まさに現代の戦うシンデレラ、と言えるのではないでしょうか。

 

ジャンヌ・ダルク

「オルレアンの乙女」と言われる聖女ジャンヌ・ダルクを、独自の視点で描いた映画、それがジャンヌ・ダルク。

神のお告げに従い導く聖女のイメージとは一線を成し、自ら戦場に立ち兵士たちを導いた戦士としてのジャンヌの姿をダイナミックに表現した一作です。

 

『ジャンヌダルク』とはどんな映画?あらすじを紹介

百年戦争下のフランス、農夫の村娘として生まれたジャンヌ・ダルクは日々教会に足を運ぶ、信仰深い少女でした。

神の声を聴き嬉しさで草原を駆け回るジャンヌでしたが、ジャンヌが村に戻ると、村はイングランド兵に襲われており、ジャンヌを庇った姉も彼女の目の前で兵士に殺されてしまいます。

 

それでも神の声に導かれ、時がたち成長したジャンヌはフランスのシャルル王太子の元に手紙を書きます。

自分に王太子の即位の手伝いをさせて欲しい、フランスを救わせて欲しいというその訴えはジャンヌの運命を大きく変えていきます。

 

「オルレアンの乙女」ジャンヌ・ダルクとはどんな人物?

伝記にもなるほど有名な聖女・ジャンヌ・ダルク。

しかし、彼女は最初から聖女として確立していたのではなく、農夫の娘の一人として生まれました。

 

敬虔なキリスト教徒であったジャンヌは教会へと足を運んでいるうちに、神からのお告げを聞きます。それはフランスを救うために、王太子シャルルの手助けをしなさい、というものでした。

神からの啓示に従い、フランス軍を指揮し勝利をおさめ、王太子をフランス王シャルル7世としたジャンヌですが、その後ジャンヌが邪魔になったシャルル7世と司教により「不服従と異端」の疑いをかけられ、19歳で火あぶりの刑に処されます。

 

現在では汚名は奪還され、「フランスの守護聖人」の一人となったジャンヌですが、彼女の生きてきた背景には様々な試練があったといえます。

 

聖女ではなく「戦士」であり「人間」であったジャンヌ

神の声を聴いた聖女として尊ばれるジャンヌ・ダルクですが、この映画では彼女の聖女としての側面ではなく、神を信じただけのただの人間、としての一面が多く描かれます。

フランスのため、まっすぐに進んできたはずのジャンヌの心に現れる疑念を、謎の男の姿で表現し、またジャンヌがフランスのためとは言え、多くの人を戦闘で殺したことを包み隠さず描いています。

 

国や平和のため、戦った強い女性であるジャンヌですが、その実態は聖女でも神でもなく、ただの一人の少女であったということを思いださせます。

それと同時にたった一人の少女の背中に国の命運を背負わせたという残酷さについて、考えさせられる作品となっています。ぜひ見てほしい。

 

ダイアナ

非業の死を遂げた公妃として有名なダイアナ。

チャールズ皇太子と離婚してから事故死するまでの2年間に焦点を当て、葛藤と悩み、そして彼女の最後の恋愛を描いた映画です。

 

『ダイアナ』はどんな映画?あらすじ紹介

1995年、ロンドンで夫のチャールズ皇太子と別居中のダイアナは、自らの境遇に苦悩しながら孤独な日々を送っていました。

そんなある日、友人の夫を見舞うために訪れた病院でパキスタン医師のハスナットと出会います。

 

ハスナットの医療への情熱と誠実さに惹かれ、2人は程なく愛し合う仲になりましたが、時代の渦の中にいるダイアナと、一般医師のハスナットの恋はマスコミには格好のスキャンダル。

ダイアナは何処へ行ってもマスコミの標的となり、ハスナットとの仲も紆余曲折の繰り返しとなってしまいます。

 

恋すらも自由にできないダイアナ。

慈善事業に取り組む傍ら、愛する人と結ばれようとハスナットとの仲を修復しようとしますが

 

今でも愛されるウェールズ公妃、ダイアナとはどんな人?

没後の現在でも人気を誇るダイアナは、1961年にイギリスの貴族スペンサー家の三女として生まれました。

1977年にチャールズ皇太子と初めて出会ったダイアナは、彼と愛し合い、1981年に皇太子と婚約します。

 

しかし、皇太子との考え方の違い、更に皇太子の愛人カミラの存在もあり、1992年に別居を発表、1996年には正式に皇太子と離婚しました。

その後は「イギリス皇太子妃」としてではなく、「人々の心の王妃」として、エイズやハンセン病などの慈善事業に積極的に取り組み、イギリス国民に限らず世界からの注目と尊敬を集めます。

 

ですが1997年、マスコミの追跡を振り切るため、猛スピードで運転していた車で事故を起こし、非業の死を遂げるのでした。

 

一人の女としても生きたかったダイアナの心の葛藤

多くの恵まれない人たちに手を差し伸べ、慈愛に満ちた聖人として扱われるダイアナですが、その生き様の裏側には、一人の女性としての恋心があったことを、この映画は教えてくれます。

チャールズ皇太子との不仲後、本当に愛する人であるハスナットと出会えたにも関わらず、自らの立場により自分だけではなく、ハスナットの生活にも迷惑をかけてしまうという葛藤、それでも離れたくないという一人の女性としての想い。

皇太子妃という遠い世界の存在としてではなく、現代の女性たちと同じように葛藤の中でも強く生きていたダイアナの姿を感じることのできる一作です。

 

強い女性たちの姿を胸に新たな一歩を踏み出してみよう

激動の歴史を生き抜いた女性たちの姿は、今この時代を生き抜くために懸命に生活している私たちにも勇気を与えてくれます。

自分の生き方はこうでよいのだろうか、ほんの少しで良いから誰かに背中を押してもらいたい、そんな時は立派に生きてきた女性たちの姿に、前に向かう新たな一歩を踏み出す力を貰ってみてください。

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meino

meino

平成の冬生まれ。オフィスワークや接客業などに就き社会の歯車を回しつつ、エンタメ・サブカル・アングラ系コンテンツへの興味が膨らみすぎて文字を書き始めたライターです。社会勉強と称して珍しいイベントやコンテンツの体験に勤しみつつ、記事やレビューを書いています。

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