私は3年間、「〇〇地区最大」と言われている精神科に、看護師として勤めていた。
背の低い私が完全に首を伸展させないと見上げられないような大きな建物の全てが入院施設で、
その周囲には同じ系列のクリニックから、作業所、マンションまで完備されていた。
私が精神科に勤めている時、よく、「精神科って、大変そう」なんて声をかけられたのだが、私に言わせて見れば「何が!?」と言った感じで、毎日の「あそこ」での仕事が、楽しくてしかたなかった。
個性豊かで愛しがいのある患者さん達、同じく個性豊かなスタッフ、独特でじんわりとした時間の流れ方。
転職はしたけれど今だに時々遊びに行くし、もしも看護師に復帰するなら、絶対に精神科が良い。
ただ、「そんなに大変じゃないよ」って言いながら話すエピソードには驚愕されるばかりだし、
実際、若い看護師の離職率は限りなく高く、実習生の中にも一定数「精神科での実習が一番キツかった」と、泣く子がいたのも事実だ。
そこで、今回は精神科に就職することや転職することを考えている誰かのために、病棟で起こったエピソードを、いくつか紹介していきたいと思う。これを読んで「ちょっとキツイな」って思ったら、病院選びを考えなくてはならないかもしれない。
過去にあった出来事をもとに書いていますが、全ての病院、全ての患者さんがこうだと決めつけるものではありません。あくまで私の経験談です。
目次
通勤。病院の前で奇声が聞こえたら安心する
私は病院のすぐそばに住んでいたのだが、病院の前の大きな道路まで歩いてきて、「キャー」とか「グォー」なんて奇声が聞こえてくると、にっこり微笑んで安心していた。
「ああ、今日もsさんが生きているんだなあ」と思うのだ。
病院にもよるが、精神科には軽度から重度まで様々な患者さんが入院していて、その中には軽いうつ病の方も入れば、重度の統合失調症の患者さんもいる。
重度の統合失調症の患者さんには意思疎通が全くできない方が、少なくない。
そのうえ隙があれば暴れて殴りかかってくるとか、反対に自分自身を傷つけてしまう人もいる。
そういった患者さんは、お互いの安全を守るためにやむを得なく、抑制帯という紐でベッドに縛り付けられていたり、隔離室といって、牢屋のような個室に入れられて、監視カメラと巡視で常に観察されていたりするのだ。
精神科には、開放病棟、閉鎖病棟、隔離室、抑制。と言った管理の仕方が取られており、各患者さんがどの対処を取られるかは、医師の指示のもとで決められる。勿論できるだけ早く、全ての患者さんを開放病棟に……というの実現することが私達の目標であるが、なかなか難しい。
そしてそんな彼ら彼女らの中には、ずっと独語を言い続けるとか、奇声を上げ続ける方が少なくはないので、精神科病院にはいつも、奇声や叫び声が響き渡っている。
何年か勤めていると、どの声がどの病棟の誰だとか、「これはご機嫌な時の声だ」とかが分かってくるので、私にとって病院の前で聞こえてくる「奇声」は、安心感を得る貴重な要素。
夜勤の時、真夜中の廊下で奇声が響き渡っていても、怖いどころか、「良かった」と感じていたし、実はこの感覚、「精神科ナースあるある」らしい。
「意思疎通ができない」は、想像以上に「できない」
先ほど「意思疎通ができない」と書いたが、この「できない」が、どれくらいの「できない」かというと、
私「今日は天気が良いですね」
患者「鳥の上に仏壇がキャベツとともに」
私「ご飯食べる?」
患者「足の中には骨があるかもしれないと思ったことが」
という具合である。ちょっとした認知症レベルを想像していると、かなりギャップに苦しむと思う。
こちらのいうことを理解するのが難しいので、もちろん治療や処置には苦労する。
体に異常がない人が多いのも特徴なので、力はありあまっている。
点滴ひとつするのに暴れられて罵声を浴びせられるのもしょっちゅうで、上に乗って固定して、泣いたり謝ったりしながら3人がかりでルート確保するなんてのも、よくある話。
そりゃあ当たり前だ。患者さん側からすると、
「いきなり知らない人が針を刺してくる!」なんて状況なわけだから、命の危機にも等しい。
暴れて当然。罵って当然。
因みにルート確保時に、鼻の骨を折ったナースを知っている。
私は噛まれて流血したぐらいで、まだ良い方。(もちろん私たち側のミス。インシデントとなる)
これがリハビリになるともっと大変らしく、「ここまで手を上げてください」等の指示が全く通らないので、他動的もしくは誘導が必要で、かなりの工夫がいる。
意思疎通ができても、日々の状態で作業ができない場合も多いので、スケジュールを組むのも難しい。
そうやって処置や治療が一筋縄ではいかないのも、精神科あるある。(もちろん症状の度合いによる)
妄想による不穏が激しくて結構ショック
精神科病棟に入院している患者さんに一番多いのが、「統合失調症」という疾患で、その疾患のメインとなる症状に、「妄想」というものがある。
「妄想」と聞くと、「いつか王子様が……。うふふ」なんてものを想像するかもしれないが、ここにおける「妄想」は、そんなに甘ったるいものではない。
患者さんにとってソレは、まぎれもない事実。記憶。信じてやまない存在なのだ。
例えばある日の朝、仲が良かった患者さんの病室にいつものように挨拶に行くと、突然ものすごい形相で殴りかかられたことがある。驚いて理由を尋ねると、「しらばっくれるな!」と唾を吐く。
おっと困った。認知症や統合失調症の患者さんが陥りやすい、「不穏」という状態だ。
(わかりやすく言えば、「不機嫌」である。)
これはまずいぞと他の看護師に間に入ってもらって事情を尋ねると、その患者さん、泣きながら、こんなことを話した。
「昨日の深夜3時、yuzukaナースが私の部屋に入ってきて、突然刃物を突きつけて来た。その後髪の毛を持って廊下中を引き摺り回された。信じていたのに許せない」
もちろんそんな事実はなく、私はその時間病院にすらいないわけだが、彼女にとってそれはまぎれもない事実。目で見て、体で感じたものとして、頭の中に存在する確かな記憶なのだ。
勿論いくら事情を説明しても、受け入れることができない。粘ってはみたが、私の顔を見ると不穏状態に陥ってしまうので、結局その患者さんは他の看護師に任せることとなった。
これが、結構ショックなのである。
愛情と時間をかけて信頼関係を築いてきたはずの患者さんが、ある日突然、自分を敵だとみなして、攻撃してくる。
いくら病気であると分かっていても、その時だけは泣き言を言いたくなる。
「あんなに素敵な関係だったじゃない」
だけどそれは相手も同じ気持ちで、私に裏切られたと信じてやまないのだから、切ない。
その患者さんは長年の受け持ちで、ようやく退院に向けての話を始めたところだった。
暴れて喚いて手に負えなかった彼女が、ようやく笑顔を見せ、「私にだけは」と、いろいろなことを話してくれたのも、よく覚えている。
そんな彼女がある日取り憑かれた妄想で、私を攻撃対象だとみなしてしまう。
しかもその「暴言」とか「暴力」が、もう激しい。遠慮なんて勿論ないものだから、
一番弱い部分を、ダイレクトについてくるのだ。
例えば一番落ち込んだのは、その当初夜勤のせいで肌がボロボロだった私が、拒薬時に言われた、この一言。
「あんたみたいにブスのブツブツに勧められた薬なんて、毒に決まってる!失せろ!」
その言葉とともに配膳したお盆を投げつけられた時は、さすがに泣くかと思った。
精神科と言えば「ゆっくりふんわりコミュニケーション」なんて夢だけを信じて入社すると、ちょっとこのギャップに苦しめられるかもしれない。
勿論これらも全て「病気」が引き起こすもので、患者さんは悪くない。
こう言った考えを持てない限り、心は簡単に割れてしまう。
排泄物問題。なんでも食べるし、彼らはマジシャン
詳しくは書かないが、重度の統合失調症の患者さんの中には、排泄物を食べる方が少なくはない。
「清潔観念」という、「綺麗、汚い」の感覚を失っていることも多く、気になるから触る。触ったから食べてみる。というような行為に出てしまうのだ。
気づけば食糞してしまう患者さんのために、「つなぎ服」と言われる、簡単に脱ぐことのできない特殊な服を着せることもあるのだが、どういうわけかしっかり脱いで、オムツを外して、中に入っているうんちを食べてしまう。
何度も「マジシャンかな?」と思うことがあった。(言ったこともあるが、笑ってうんちを渡された)
そのほかにも、廊下で放尿するだとか、うんちを病室中になすりつけるとか、こちらに向かって投げつけてくるとかも、しょっちゅう。
男性病棟に行くと、一斉にオナニーされて、精子をぶちまけられそうになることもある。
(私は若くて小さいという理由で男性病棟禁止だった)
悲しいかな、こういうのをいちいち気にしてしまうようなら、精神科は勤まらない。
排泄物関係で最もショッキングだった出来事を聞かれたとしたら、
ひとつは目の前でクランプしていたバルンの栓(おしっこの管)を引っこ抜かれて、顔面におしっこをくらったあの日と、「見てー」って言われて「どうしたのー?」って駆けつけてみると、「あーん」って、うんちを見せられたあの日のふたつを選ぶかな。
あれは「いや、ちょっと待ってや」と思って、思わず笑ってしまった。
精神科ではほぼ毎日こういうことがあるし、起こらなかった日は奇跡ってなもんなので、そのへんの耐性がない方には、ちょっと厳しいかもしれない。
夜勤が本番。「全員就寝」は奇跡
精神科勤務は、夜勤が一番楽しい。
というと誤解を産むが、患者さんのほとんどが、夜勤に活発に活動を始める。
気づくと服を脱いでロビーでオムツ一枚でバレエをしているとか、
放尿しながら廊下を走り回るとか、何度もナースコールを押してきて、
部屋に行くとその度に「どうして来たの?」ってキョトンとされるとか、
夜な夜なあちこちの部屋にある歯磨き粉を食べるとか。
それはそれはもう色んな事件が起きる。
起きるにも関わらず、日勤と違って2人体制だったりするのが、夜勤だ。
ほとんど仮眠は取れないし、ただでさえグッタリしている夜勤でこれらを繰り返されると、時々ヘコむ。
だけど私は、夜勤こそが精神科の醍醐味だと思っていて、固定の業務に追われずに、こういった患者さんの対応をできることこそが、精神科看護師ならではの特権だと思っている。
だけど、「夜勤は点滴交換や処置以外、仮眠を取るべきもの」って考えだと、精神科の夜勤勤務は、ちょっと厳しいかもしれない。
精神科の現実と、だけど楽しいよってお話
精神科病棟での看護師。
残業がないとか、医療行為がないだとかで「楽チンなんでしょ」って想像をして転職をしてくる方が多いのも事実だが、そういった方の大多数は、「合わない」という理由で、短期間離脱する。
おそらく「合わない」人にとっては、凄まじく精神を削られる、過酷な勤務内容なのだと思う。
だけど、「合う人」にとって、そこは天国だ。例えば、私は「合う」看護師だった。
日中もそこまで走り回るほど忙しくはないから、患者さん一人一人と話して回ることができる。
自分の関わり方ひとつで、患者さんの状態が良くなったりもする。
病気に埋もれたその人の人間性に触れて、心があたたまる瞬間もある。
私にとって患者さんは家族だったから、排泄物も暴言も、苦痛なく受け止めることはできたし、
彼ら彼女らには、それ以上のものをたくさんもらったと思っている。
今でも思い出す。
2011年3月11日。東日本大震災の日。
その時はまだバイトで食事介助をしていた私の目に飛び込んできたのは、病棟に置いてあるテレビに映る、
嘘のような本物の映像だった。
町が津波に、飲み込まれて行く。
車や家が、ぷかぷかと浮いている。
思わぬ恐怖に一瞬パニックになった私は、「怖い」と呟いた。
そしてハッとした。こういう時こそ、患者さんを不安にさせてはいけないと思ったのだ。
しかし、実際は違った。
いつも私を困らせるいたずら好きの患者さんたちが、キリっとした顔をして、「大丈夫よ」と言ったのだ。
抱きしめてくれる患者さん、手をさすってくれる患者さんもいた。
私はその時、彼女達の奥に眠っていた、本物の彼女達を見た。
精神科の患者さん達には、身寄りのない方も多い。
カルテを開くと、「一切連絡して来ず、火葬場に送ってください。お金の振込先はこちら」というメモが残っている人もいた。
殺人、痴漢、窃盗。
彼ら彼女らの壮絶な人生は、「病気のせい」だとはいえ、周囲の人間にとっても受け入れがたい、苦しい記憶なのだ。
精神科看護師は、そんな彼女達に寄り添える、最後の家族だと思っている。
彼女達の中に眠る本当の「彼女達」をすくい上げる。
少しで良い。対話を試みてみる。
そういう経験ができるこの仕事が経験できたことを、私は誇りに思う。
精神科看護師。確かに楽ではないし、大変だけど。
だけど、この記事を読んでも「働きたい」って思えた貴方には、心からおすすめする。
きっとその経験は、貴方の人生に、もっともっと深みを持たせてくれる。
yuzuka
ps.精神科に転職を考えているのなら
看護体制(プライマリー制なのか、業務分担型なのか)、どのような病棟があるのか、どんな疾患が多いのか。
どういった治療方針なのか。それらをしっかりと見極めて入職しなければ、多分、貴方の思った通りの「看護」はできない。
それから最初にも書いた通り、精神科には「ちょっと変わったスタッフ」が多い。勿論、私もその1人。
自由に考えて患者さんに寄り添うことが最大のメリットである精神科勤務なのに、就職した先でとんでもなく面倒臭いお局さんに邪魔をされるなんてたまったもんじゃないので、転職する時は、絶対に転職サイトを使うことをオススメする。
無料だし、給料の交渉もしてくれるし、内部状況(スタッフの仲など)も教えてくれるし、祝い金ももらえるので、使って損はない。宣伝を入れたくないけど、失敗してほしくないので書いておく。
yuzuka
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