どうしよう、と、思った。
大きな荷物を抱えた小さな私は、
玄関から飛び出た先で、立ちすくんでいた。
「晴れていたのに」
ぽつ、ぽつ。と、アスファルトに染みる水滴。
丸い水玉模様が、見る見る間に地面を覆い尽くす。
傘を持たない私の頭には、冷たい雨が、あっというまに染み込んでいった。
思考を巡らせることもできないまま立ち尽くす私の目の前を、
相合傘をしたカップルが、笑いながら通り過ぎていく。
感情が涙に変わるよりも前に、雨が、頬を伝う。
どうして、と、思った。
悪いことなんて、何もしていないのに。
何もしてこなかったのに。楽しかったのに。
素敵だったのに。信じていたのに。
頑張ったのに。頑張っていたつもりだったのに。
のに、のに、ノニ。
私が何をしたっていうの?
いっぱいになった感情が、体中をうごめいて、身動きが取れない。
苦しくてどうにかなりそうだった。
いっそのこと、雨が水たまりを超えて、大きな大きな海になれば良い。
そのまま私を飲み込んで、殺してしまえば良い。
そうすれば、私はゆらゆらと漂いながら、身体的な苦しみに身を預けていられるのに。
そんなくだらない空想をしながら、私はどんどん湿っていく。
雨が、心ごと体力を奪う。
どうして、と、どうしようが混じって、濁った色の心からは、涙すら出なかった。
目次
「された方」は、無力だ
そう。
「された方」はいつだって、無力なのだ。
苦しいのは、悩むのは、罰を受けるのは、いつも「された方」だ。
「どうすれば良い?」
そんなの、分かってた。
「許せない」と、吐き捨てれば良いのだ。
それだけだ。それだけで良い。
だけど、だけど。
泣きながら懇願したり、謝ったりする誰かの前で、
私もあなたも、「許せない」という選択ができない。
「許せない」という選択ができなくて苦しい時、私達はどうすれば良いのか。
心がひっくり返って口から吐き出しそうなほど苦しいのに。
それなのに、「許せない」という選択ができない。
そんな時。
あのね、そういう時は一度、「許す」しかない。
みんなは「許すな」と言うかもしれないけれど、
貴女の冷静な脳みそは「許すな」と苦しむかもしれないけれど、
だけど、心がいうことをきかないのならば、一度許すしかない。
「許そう」と、決めてみる。一回だけ、決めてみる。
許すことは、辛い。
もしかするとずっと、つらいかもしれない。
許すことは、一時的な作業ではないのだ。
永続的に、許し続けなければならない。
「された方」は心を押し殺して、飲み込んで、自分の心を切り刻んで
分からなくして、そうして、飲み込み続けなくてはならない。
だから、許すことは辛い。
だけど、「一度許そう」って、自分の柔らかくてどうしようもない心を。
許したがっている心を、認めてあげなければ、多分前にすすめないから。
「許せない」「許すべきではない」「許すなと言われた」
わかってる。わかってるけれど。
だけど苦しいのなら、苦しいけれど、一度、許すんだ。
許すことを、許す。
あなたのために、許す。
苦しいけれど。だけど、許す。
そのあとに時間をかけて「許すことができない」って気づけば、その時は
まっすぐに「許せない」って、言えると思うから。
選ばなかった答えは、どうせタイムマシーンで戻ったって、選ばない
トン、トン。
心をノックする音が聞こえる。
それは、彼が思ったような言葉をくれなかった時や、
仕事がうまくいかなかった帰り道、小さな石に躓いた時なんかに聞こえる音だ。
「あの時に、ああしていたら」
ノックに応じて心に耳を傾ければ、浮かんでくるのはあの日の風景。
私が「選ばなかった選択肢」の向こう側にある世界。
だけど多分、タイムマシーンにのってあの日に戻っても、私達はきっと、同じ選択をする。
だからね、あなたが「選ばないことを決めた選択肢」に、思いを馳せるのはやめよう。
あの日の貴女が、今の貴女が、これからの貴女が選んでいく選択肢を。
どうしようもなく選んでしまう、愛おしくてくだらない、
そんな選択肢の連続からできた今日を。
もう少しだけ、あなたが、認めてあげよう。
「許そう」
悔しいけど、苦しいけれど。
あの日に戻りたいとか、そういうのを全部取っ払って、
今の自分にとって一番したい、本当はしたい、してみたい「許す」という選択。
その選択をした自分を許してあげられた時、私はようやく、ようやく泣けた。
何かを許す人は多分、強い人なんかじゃない。
「許せない」ができない、弱い人だ。
yuzuka
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